おうちでごはん

 板張りの廊下を、どたどたと騒がしい足音がかけてくる。

 あと五秒もしないうちに目の前の扉が勢いよく開けられるだろう。

「来るぞ。………ったく、ホント落ち着きがねぇ猿だ」

「いいんですよ、悟空はアレが」

 自然と口元が緩んだ。

 今日はどんな顔を見せるのか。どんな言葉がその唇から飛び出てくるのか。なにを言ったら、その笑顔を僕に向けてくれるのか。

 想うだけで何かが胸を満たしてゆく。

「ハイハイ。俺は酒は静かに呑みてーや」

 苦笑交じりに悟浄がグチったあと、派手な音を立てて悟空が飛び込んできた。

「八戒!……………悟浄もいんだ………」

 悟浄がいなければ、飛びついてきたかもしれない悟空は、ふとその表情を曇らせた。

「めづらしい酒が入ったというので、ちょっと味見をね。悟空もなにか飲みますか? 酒はダメですけど、ウェルチ買っておきましたよ」

「い、いらない」

 うつむきぎみに、小さく首を振る。

「どうしたんだ、悟空。なんか悪いもんでも食ったか? 拾い食いするなって三蔵から言われてんだろ」

「ちげーよ!」

 悟浄の冗談に食って掛かっても、どこか元気がなさげだ。

「そんじゃ、俺は部屋でゆっくり呑むぜ」

 僕の目配せにうなづいた悟浄が、酒瓶片手に腰をあげる。

 すみません。せっかくの酒ですが、いまの僕には悟空のほうが大切なので。

 言わなくてもわかってるだろうから、悟浄にはあえて口にしませんけど。

「座っててください。冷たくしてあるから、きっと美味しいですよ」

 この部屋ではもう悟空の定位置、ベッドにうながす。

 悟空は素直に座って、僕がウェルチを注ぐのをじっと見ていた。

「なにかあったんですか? 三蔵に怒られた?」

 グラスを手渡しながら聞くと、悟空は首を振る。

「じゃ、どうしたの?」

 座っている悟空と視線を合わせるために、悟空の前に屈んだ。

「なんでそんな顔してるの?」

 たまにこんな落ち込んだような素振りを見せるときは、たいてい管理人の三蔵と喧嘩したときだ。

 幼い頃悟空を引き取り、その手で面倒を見てきた三蔵。

 僕など入れない繋がりがそこにはあって、いつも胸をチリリとさせる。

 それは親子の愛情みたいなものだとわかっていても、でもそれは自分に言い聞かせているだけのようで更にイライラさせる。

「悟空? 言ってくれなきゃわからないよ」

 視線をそらそうとする悟空の顎を捕らえ、その大きな瞳を覗く。

「あ………」

 なにか言いたげで、だが躊躇う。

「悟空」

 三蔵とのことじゃないとすると、ちょっと他に心当たりがいま見つからない。

「ひょっとして、僕のことですか? 僕、なにかしました?」

 瞳が揺れる。悟空が、泣くような気がした。

 子供の頃は知らないが、出逢ってからは痛みに涙を見せたことはない

 そんな悟空だけれど、涙が出ないから傷つかないわけじゃない。泣かない子供の痛みを、教職についている僕は肌で知っている。

「悟空、僕が嫌になった?」

 両手で頬を包んで、額を合わせた。

 自分よりも体温の高い心地よいぬくもりに、いつも安らぎを覚える。

「ちが………」

「だったら、なんでか教えてください。そんな目をしていられたら、気になって仕方ありません」

「なんで?」

 わかっていないから、逆にイラつく。

 何度言葉にしても、態度にあらわしても伝わっていないのかと。

 キスをする。舌を絡めれば、悟空だっておずおずとではあっても応えてくれるのに、自信をなくす。

「さ、三蔵が………」

 悟空の口から「三蔵」の名前が出て、自分でも眉が動くのがわかった。

 普段のクールフェイスが保てなくて、苦笑にすりかえる。

「八戒と悟浄が、昔一緒に住んでたって………」

「あぁ、そのことですか」

 聞かれなかったから、話していなかった。

「恋人だったのか? よく悟浄が部屋にくんのは、今でも………」

「違いますよ」

 僕と悟浄は、そういう仲ではなかった。僕が悟空を想うような、そんな感情では。

 なにもなかったとは言わないけれど。

「悟浄とは腐れ縁………みたいなものです。悟浄にも聞いてみたらどうです? 同じようなこと言いますよ、きっと」

 悪い冗談だと、苦い顔で笑うだろうか。

「八戒………」

 もう一度キスをして、悟空の頬を離した。

 自分もベッドに上がって、悟空を抱きこんで、深く息を吸い込んだ。

 縁側でまた昼寝でもしたんだろうか。日向の匂いがした。

「は、八戒っ………んっ」

 この匂いは好きだ。首筋に深く吸い込むと、悟空はくすぐったがって首をすくめた。

「八戒ぃ〜、くすぐったいよ」

「そうですか? じゃ仕方ないですね。悟空は、こっちのほうがいいですか?」

 腰を抱いていた手を、小さく上下する胸に移動させた。

「あっ!………八戒………や………」

 薄いTシャツ越しの胸の蕾。ふれると、かたくその存在を現す。

「いやですか? 僕は………」

 シタいんですが。

 耳元に囁くと、悟空は聞き取れないぐらいの小さい声で。

「嫌じゃないよ………俺も………」

 応えてくれた。

 

 

 

 

 

「なにか用か?」

 玄関でポストに放り込まれたDMを乱暴にゴミ箱に放り込んでいた三蔵は、振り向きもせず僕を悟った。

 自分の部屋の扉に体を預けて、ただじっとその背中を見ていた視線が、とても不愉快だったらしい。

「アイツはどうした?」

 要る封書かどうか、くわえ煙草でめんどくさそうに選別しながら、三蔵は訊く。

「寝てますよ。あまり気持ちよさそうだから、もう少し寝かせてあげようかと」

 にっこりと笑うと、チッと舌打ちの音がした。

「悟空が僕の部屋に来るの面白くないのはわかりますが、悟浄との昔話を僕のいないところで話さないでいただけます? 妙な誤解されますから」

「誤解?」

 やっと三蔵は手を止めて、ゆっくり振り返った。

「単なる事実じゃねーか」

 不機嫌そうな声はいつものことだけど、それだけじゃない陰があるのは僕の気のせいじゃないですよね?

「アイツが訊いてきたことに、俺は答えただけだ。嘘なんかついちゃいねー」

「……………」

 事実だとしても、悟空の保護者の貴方だ。どんな言い回しで言えば、悟空が誤解するとわかっていたはずだ。

「どうやら、痛い腹だったらしいな」

 一瞬身体の血が沸いたが、顔に出すのは癪で表情は変えなかった。

 ここで三蔵に掴みかかっても、どうせ鼻で笑われるだけだ。

「別に痛くはないですよ。ちゃんと解りあいましたから……………」

 身体で。

「なッ!────────────チッ」

 僕とは違い、三蔵は表情を崩した。

 いまので帳消しにしてあげますよ。

 悔しいでしょう? 歯がゆいでしょう?

 保護者なんかに甘んじているからですよ。

 絶対の信頼は諸刃です。側にいすぎて、触れられないなんて僕にはできない。

「悦に浸る気はありませんが、悟空は僕の腕の中にもいるということを忘れないで下さい。悟空を傷つけたくない。それは貴方も同じでしょう?」

「……………勝手にしろ。俺には関係ない」

 素直じゃない捨て台詞を吐き、三蔵はまた僕に背を向ける。

 そして郵便の整理が終わったのを機に、なにも言わずに部屋へと帰ってしまった。

「じゃ、勝手にさせてもらいますよ。ま、起きたら帰しますんでおとーさんは新聞でも読んで待っててください」

 そんな三蔵に、聞こえるように言った。どうせ、閉じた扉の側にいるだろうし。

 ガシャンと扉の奥でなにかが割れる音。素直じゃないが、単純なところは悟空そっくりだ。

「はぁ、僕もホントいい性格ですね」

 こんな会話、悟空には見せたくない。それは、たぶん三蔵も一緒だろうけどね。

 ささやかな復讐に、少し気が晴れた。

「目がさめました?」

 部屋に帰ると、まだ完全に覚醒せずベッドの上でぼんやりとしている悟空。その寝ぼけた様がかわいくて、「おはようございます」とキスをした。

「どこ行ってたんだ? 八戒」

「ご飯をね、買いに。食べるでしょ? 悟空」

 コンビニの袋を見せると、悟空の眠たそうだった目が一気に見開いた。

「うわぁ〜い! 八戒、大好きッ!」

 その笑顔が少しでも僕だけの為に在るように────────────。

END


イベントで配った、ペーパーに載せたものの再録です。
パラレルとなっておりまして、現代日本。
三蔵一行は、三蔵が管理人をしてる長屋っていうか住まいに住んでいるの。 ご近所の高級マンションには王子こと紅い彼ご一行様がいて、また別のとこには焔なんかも棲んでる。 んま、あえて私のほうは突っ込んだ書き方は避けたのでパラレルだと気づかない人もいるかも?
よのちゃんと、同じ設定で書くはずだったんだけれどなんか私だけ出すことになったのよね(笑)。
パロっていうのは、滾っているときはすごく突っ走っているので、オリジナルにはない楽しさがあります。
オリジナルの時は、そういうラブラブな感情は自分のキャラにないからねー。(あったらなんかナルシーみたいで気持ち悪い)

2004.03.20 渡辺祥架

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