【大事なものを護るため、信じたいから譲らない】
タ方から降りだした雨は、タ食時に激しさを増した。 「大野! 康久知らないか?」 和樹と共通の友達で、同じ寮生でもある大野をつかまえて涼太はそう聞いた。 タ食に間に合うよう、バンドの練習も早々に切り上げて帰ってきたのに、部屋にも風呂にも娯楽室にも康久の姿はなかった。 「なにそんなに慌ててんだよ。部屋にいないなら風呂じゃねぇの?」 「いない。寮のどこにも」 イライラと、涼太は乱れかかった髪をかきあげる。 「あ………」 ふいに、なにか思いついたように涼太は声をあげる。 「どうした?」 がらんとしていた部屋の中、それは康久がいないせいだと思ったが、そう思ったのは康久が脱いだ制服や学校指定の鞄が部屋になかったからだと気がついた。 「もし入れ違いに康久帰ってきたら、部屋から出るなって言ってくれないか? 俺、ちょっと学校見てくる」 「学校って、もう閉まってんぞ」 心配してくれた大野に手を挙げて、涼太は一度部屋に帰って康久の鞄がないことを確かめた。 自分の鞄から携帯を取り出すと、尚弥に電話をかけた。 「康久がいないんだけど、お前一緒だったか?」 尚弥本人が出るなり、いきなりそう涼太は尋いた。 「ヤス? 一緒じゃないけど帰ってない? なんか学校に残るみたいなこと言ってたけど」 電話の向こうのその言葉を聞いて、涼太は礼を言い電話を切った。 時計はもう七時を回っている。 玄関口の伝言板に、康久の名前はなかった。 連絡があるにしろないにしろ、こんな時間までひとりでいるなんてのは、康久が東京に来て初めてだった。 いつもは自分がついている。今日に限って、一緒じゃなかった。 なにかあったのかもしれない。 出血するようなことがあって、その血がとまらないまま誰にも気づかれずに倒れているのかもしれない。 涼太の頭に、血の海に倒れてる康久の像が浮かんで、たまらずに外に飛びだした。 寮から学校まではすぐ。涼太の足なら、雨の中走っても二分とかからない。 「康久っ!」 弾んだ息のまま高等部校舎を駆け回り、康久の名前を叫んだが、シンとした校舎に自分の声が響くだけだった。 いくらなんでも、康久が中等部や初等部の校舎にいくはずがない。でも、康久が立ち寄りそうな教室に康久の影はなかった。 もう学校にはいない。涼太はそう結論を出した。 駅の方にいるのかもしれない。 もしかしたら、雨が降りだしたから自分を迎えにいったのかも。 いろんな可能性やもしが、頭の中に浮かぶ。 涼太はまた雨の中を駆けだした。駅の方へ。 雨足は、いっそう激しくなっていた。 「どうしたんです? そんなに濡れて」 「チッ!」 門限間近に一度寮へ帰ってきた涼太に、流成は少し眉をしかめた。 逢いたくないヤツに逢った涼太は、不機嫌を隠さずわざと舌打ちする。 「康久くんも濡れて帰ってきたけど、一緒だったんですか?」 「康久帰ってるのか!?」 驚く涼太を意外に思いながら、流成は「さっきね」と答えた。 それを聞いて涼太は部屋に直行する。 「なにやってんだよ!」 部屋のドアを開けるなり、涼太は怒鳴った。 「あ………ごめんなさい」 自分に割り当てられたクローゼットの中から着替えを出していた康久は、涼太の声にビクッと身体を震わせた。 「こんなに濡れて! 風邪でもひいたらどうすんだよ。また病院に戻りたいのかッ!!」 「ごめ………痛っ」 掴まれた腕の痛さと、普段滅多なことでは声を荒げない涼太の怒鳴り声に、康久は泣きたくなった。 本気で怒ってる。 なんの連絡もなしにこんな時間までふらぷらとしていたから、当たり前だ。 おまけに雨に濡れて、いつも自分の心配をしてくれる涼太を心配させた。 「ごめんなさい」 「康久………」 自分のせいで涼太に凄く心配をかけさせたことを気に病んで、康久は申し訳なさにうつむいた。 うつむいた途端、ぱたっと目から雫がこぼれる。 「悪い………お前が平気ならいいんだ。怒鳴りすぎた」 ぽんともう怒っていないことを、うなだれた康久の頭の上に手をおいて伝える。 「ごめんなさい、涼ちゃん」 「風呂の支度しろよ。俺も入るから」 とても小さくなってしまった康久の一肩を抱いて、涼太は促した。 「でもご飯………」 不安いっぱいの瞳で涼太を見上げる。 嫌われたかもしれない。自分を許してくれないかもしれない。そう思った。 でも涼太は、さっきの表情とはうって変わっていつもの「涼ちゃん」に戻っていた。 「そんなの大野に言ってとっといてもらえばいい。それより、冷えた身体を暖めないと、俺も康久も風邪ひくよ」 さっきまで本気で怒ってたことが嘘みたいに笑ってくれる。 そんな涼太の笑顔に、昼間の流成の声が重なった。 「康久は病気だから仕方ない」 自分が白血病なんてとんでもない病気をかかえているから、涼太はこんなに心配してくれるのだ。 でも逆に、病気じやなかったらこんなに優しくはしてくれないだろう。 普段、自分が涼太に特別扱いを受けていることを康久は知っていた。 はじめは涼太が誰にでも優しいものだと思っていた康久も、同じ学校へ通ってはじめてそうではないと知った。 涼太がまわりになんて思われてるのかは、自然に康久の耳に入ってくる。 「身内にはそこそこに優しいが、身内以外には徹底的に冷たい男」 涼太はそう言われていた。 冷たいというよりは、康久には無関心にしているように見えた。 「ほら、なに考えてんだよ。風呂行くぞ」 「う、うん」 康久の胸中を知ってか知らずか、風呂の支度をすると涼太はさっさと部屋を出ていってしまった。 ここにきたのは間違いかもしれない。涼ちゃんに迷惑かけてる。 一瞬だけ、康久の頭に哀しみがよぎった。 「どうしたんですか? あなたからここへ来てくれるなんて」 ベッドの上で壁を背に本を読んでいた流成は、ノックもなしに入ってきた涼太に微笑みかけた。 「お茶でも入れましようか?」 長居するつもりはない。 康久に「二百まで浸かってろ」と言い残して先に風呂からあがってきたのだ。 康久が部屋に帰るまでに帰るつもりでここへはきた。 「康久に何を言った?」 冷たい声が部屋に響く。 涼太はなるべく流成に距離を置くように、入ってきたドアの前から一歩も動かない。 「康久くんがどうかしましたか?」 流成は本を閉じてベッドから立ち上がり、涼太に近づいた。 「……………」 身をを退こうにも、すぐ後ろは入ってきたドアなので涼太は体をずらすことさえできなかった。 首に回された腕に引き寄せられて、唇が重なる。 「素直ですね、今日は」 キスは唇が触れただけだった。胸の奥で、涼太はホッとする。 「放課後、音楽室でピアノを弾いてたら、康久くんが顔を出したんですよ。『愛する人へ』を弾いてましたから」 キスのあとも変わらない涼太に苦笑して、流成は涼太の身体から離れた。 「康久に何をした?」 流成を目で追い掛けながら、涼太はやりきれない気持ちになっていた。 こんな関係、誰も望んでない。 言いだした当の流成だって、こんなのは望んでいないだろう。 「何をした?」 何も答えない流成に、涼太はもう一度繰り返した。 それでも黙ったまま自分を見つめる流成の襟首をつかんで、涼太はベッドに引き倒した。 身長差はそんなにない。涼太もそんなにがっちりしたタイプではないが、秀才タイプの流成など、軽く引き倒せる。もっとも、流成は何の抵抗もしないが。 「なにかしたんだろ?」 「なにももしてませんよ」 シャツが首に食い込んで、息苦しさに流成は顔を歪めた。 「ただ………」 「ただ?」 「私とあなたが恋人同志だと言っただけですよ。康久くんに、私たちの仲を壊さないでと」 「なっ!?」 反射的に、流成を殴っていた。 ゴツっとした感触、その後味の悪さに顔が歪む。 「なんでそんな嘘康久にッ!」 「嘘? ぜんぶが嘘ではないでしょう?」 口の中に血の昧が広がるのを感じながら、流成は自分の喉を絞めあげる涼太の手にそっと自分の手を重ねた。 風呂上がりの暖かい手が、ぴくりと強ばる。 「あなたは私を抱いた。心がないにしても、接吻けだってかわしてる。それに」 ふと、可笑しそうにくすくすと流成は目を細めた。 「いまだって、あなたは私をベッドに押し倒してる」 こんな状況、色気のイの字もない。だが、いまここに誰かが入ってきてこの現場を見たなら、そういう風に取ることもできるだろう。 涼太もその事実に笑って、流成から身体を離した。 「約束だろ? 俺はお前が望んだときに関係を持ってもいい。だから、その代わり康久に手を出すな。頼むよ、俺はただ康久に普通の高校生活を送らせてやりたいんだ。俺とお前のトロド口したのを、康久に見せたくない」 「そんなにあの子が大切? あなたが嫌いな私に頭を下げるほど」 もう嫉妬という言葉だけでは片付かない。 華南康久に対するこの感情。ふつふつと胸の奥で燥ってた種火に、涼太が火をつけた。 いつもどこか醒めた、冷たい態度がトレードマークのようだった愛しい人。 他人に頭を下げるなんて、絶対ありえないような人だったのに、華南康久のために自分の身体を提供していいとまで言うなんて、流成には信じられなかった。信じたくなかった。 「好きだと、愛してるとその耳元に囁いたいい」 「あなたは……………」 わかってない。 その言葉ひとつひとつが、心をえぐって血を流させることを。その流れた血が、ぜんぶ華南康久へと流れてゆくのを。 がたがたと震えだしそうな身体を押さえるように、流成は自分を抱きしめた。 どこまで冷たい人なんだろう。どうしてなんの感情も持たない、無関心な瞳で自分を見下ろすのだろう。 憎しみでもいい。哀れみでもいいから、自分に対して何かの感情を持ってほしいのに、存在すらも問わない瞳で自分を見ている。 きっとこの人は、自分が突然いなくなっても何も感じないのだろう。いなかったと同じ。何も感じてくれない。 泣きたい気持ちで、流成は涼太を見上げた。 「それほど大切なんですね。あなたにとって彼が………」 「大切だ」 この答えが残酷なことぐらい、涼太にだってわかってるが、事実は事実。隠した所で、流成にはわかってしまうだろう。 「流成………」 「え?」 初めて名前で呼ばれたことに戸惑う。そして、初めての涼太からの深いくちづけに、息が止まった。 「俺が好きだというなら、俺のたったひとつの頼みをきいてくれるだろ? 流成」 やさしい吐息で囁かれ、流成はまるで夢を見ているみたいだと瞳を閉じた。 それが偽りのものだと思えないぐらい甘く、やさしい涼太のキスに流される。 唇を甘噛みして、わずかに震えて開いた内に舌を差し入れる。 歯列を確かめて流成の舌を絡めとり、軽く吸い上げて涼太は唇を離した。 どこまで堕ちたっていい。卑怯だと、汚いと罵られたって、自分には護りたいものがある。 自分と、なにより康久の幸せを護るためなら、こんなことなんでもないことだ。罪の意識だって感じない。 隣で康久がずっと笑っていてくれるのなら、こんなことなんでもないと涼太は自分に言い聞かせた。 こんなこと何度かやってきた。 愛がなくたって、SEXはできる。 「流成………」 偽りのやさしさ、見せ掛けの愛、嘘で固める言葉。 罪の意識なんて感じない。 「お帰り………どこいってたん?」 「なにやってんだよ! 髪も乾かさないでっ」 康久の質間には答えないで、涼太は康久にそう怒った。 「かせっ」 康久の手からタオルを奪い取ると、少々乱暴に涼太は康久の頭を拭いてやる。 「湯冷めしちまってるじゃねーか。ったく、なにやってんだよ」 涼太の帰りを、ずっと待っていた康久。 せっかく雨で冷えてしまった身体を暖めるために入浴したのに、全然意味がなくってしまった。康久の身体は、また冷たくなりかけている。 こんなことなら、流成の部屋には康久が寝てしまってから行けばよかったと後悔したが、もうそれも遅い。 「飯は?」 「暖めたんやけど、もう冷めてん。もう一度暖めてこようか? 僕はなんか、食欲ないからいらん」 「食欲ない? お前好きだったろ? なすみそ妙めと春巻。具あい悪いってことか?」 机の上に置かれたタ食の中身を見て、涼太は眉根を寄せた。 「う、ん………ちょっと寒気がするから」 涼太ががまた怒っているのがわかった康久は、しょぼんとそう告白した。 ここでまた嘘をついて、これ以上怒らせたりしたくない。 本当は、風呂で暖まる前から寒気はしていた。 髪も拭かずボーッとしてたのは、それさえも億劫に感じて動けなかったから。 「風邪のひきはじめだな。食欲なくても、無理矢理でもいまのうち食っとけ。あとで戻したっていいから」 自分の分と康久の分のラップを取りながら、涼太は康久を振り返った。 「怒ってないよ。俺も遅くなって悪かった」 もともと薄くて小さい身体を、もっと小さくしている康久に、涼太は溜め息混じりに笑った。 伊勢ではこんなすれ違いはなかった。 なにもかも伊勢とは違うのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。でも、それは涼太にも康久にも本意なことじゃなかった。 言葉にできない重みで、なにかがバランスを崩し始めてる。 それが、涼太にも康久にもわかっているが、なにも言えなかった。 「ほら、食べるぞ。全部食わなくてもいいから、とりあえず腹に入れとけ。朝一で病院だな」 その重さに耐えられず、先に涼太が康久から目をそらす。 「そうやね。いただきます」 そらされた瞳にショックを感じたが、康久は涼太の隣に腰をおろした。 「やっぱいろいろ迷惑かけちゃうわな、涼ちゃんに。ありがとう。ぜんぶ僕のわがままやし、適当につきおうてくれたら、それだけでええから」 食は進まないが、無理やりご飯を飲みこんで康久はそう言った。 自分のせいで、涼太が無理をするのは望んでいない。側にいたいのは自分のわがままで、それで流成を傷つけてしまっていることもわかっている。 だけどこのわがままを、あきらめてしまうことが康久にはできなかった。 「俺がここにいるのは、俺がその方がいいと思ってるからだ。朝起きられない。家が学校から遠い。バンドの練習所にも近い。霞はいない。な? ここの方が便利だろ? お前のわがままなんて、霞のうざったさに比べたら比じゃないからな」 どこか縋るような康久の目を見つめて、涼太は本当にそう思っていることを伝えた。 「嘘ばっかり。カズくんあんなにかわええのに? 涼ちゃんのこと大好きなんやもん、仕方ないわあ」 少しだけ軽くなった空気に、ホッと康久は目を細めた。 「僕ばっかりが涼ちゃん独リ占めしてもうて、おかげで僕ひとり嫌われもんになってしもうた」 ぽそりと、康久はつぶやく。 霞だけでなく、流成にも。 でも流成に昼間言われたことは、康久は涼太に言えないでいた。 言って、それを肯定されるのが怖かった。 流成が言ったことは本当だと。 「霞は康久が嫌いなわけじやないよ。俺になついてんのだって、ただ恵ちやんへの当て付けみたいなもんだしな」 「そうなん?」 「あいつ、自分の名前のことで名付親の恵ちやんのこと恨んでるからな。いくら恵ちゃんに育ててもらってても、納得いかないんだろ?」 二人きりの部屋で、二人きりの食事。 涼太がいつものように接してくれるから、康久はささくれ立った心が少しずつ元に戻ってゆくのを感じていた。 やっぱり涼ちゃんと一緒にいたい。 目の前の笑顔に魅入って、きゅんとした胸にそう思う。 「僕、涼ちゃんの側にいてええの? 迷惑やない?」 「あ? なに当たり前のことを今更言ってんだよ。お前がやだって言っても俺は付きまとってやるからな」 ケタケタと笑って、涼太は胸の不安を一瞬だけ忘れた。 いまだけなら、小林流成のことは忘れられた。 二人きりでいる、いまだけ。 遠慮がちのノック音に、流成は浅い眠りから引き起こされた。 「誰です?」 頭を振って、意識をはっきりさせる。枕元の時計は午前二時をさしていた。 「どうぞ」 こんな時間に訪ねておきながら、まだドアの前に立ったままの人物に流成はやさしく声をかけた。 「ごめんなさい、こんな時間に………」 申し訳なさそうに入ってきた人物に、流成は少し驚いた。 華南康久。彼さえいなければ………何度思わせたかわからないほど存在悪な人。 「どうしたんですか?」 軽くガウンを羽織って、それでもやさしく流成は康久を部屋の中にうながした。 「ごめんなさい」 「なにを謝るの? こんな時間に訪ねたこと? それとも?」 追い詰めるような流成の口調に、康久は身を縮める。 「僕には涼ちゃんしかいないんです。だから、小林さんの存在を知っても、僕は………」 そう言った康久の声が少し震えていた。 ただの大人しい子だと思っていた。ちょっと突けば、すぐ壊れてしまうような脆い子だと思っていた。康久のこと。 だからあんな嘘の涼太との関係を康久に言ったのに。 ああ言えば思惑通りに康久は傷ついて、伊勢泣いて帰るかと思ってた。 それを望んでいた。 それなのに。 「私に涼太と別れろと? そう言いにきたのですか?」 どうすれば、なにを言えばもっと康久は傷つくのだろう。 もう流成には、そんな思いしかなかった。 康久を、その身体と心を犠牲にしてまでも護ろうとする涼太と、そんな涼太を一途に慕って、その愛に包まれてている康久。 表にはただの幼馴染みのような関係が、精神的にはしっかりと確実に繋がった、恋人よりも強い絆。 それが流成には許せなかった。 もしお互いのどちらかが抱えている恋を口にしたら、いまよりももっと深い繋がりができるのに、なにを恐がって想いを隠すのかが流成にはわからなかった。 ただひとこと「好きだ」と言うだけで、こんなに怯えた瞳で自分の前に立つこともないと腹立たしい思いで康久を見下ろす。 でも気づかせてはいけない。 「だってそう言いにきたのでしょう? こんな時間に、そんな思いつめた目をして。僕のために、私に涼太と別れろと」 「いえっ、ちが………」 流成の言葉に、康久は首を振る。 「じゃあ、なに? 昼間私があんなことを言ったものだから、不安になったのでしょう? 自分のものだと信じていた人が、私のものだったから」 「そんな、涼ちゃんは『もの』じゃありません。それに、僕のものだなんて思ったことは…」 「ない? 一度もないの? 自分が特別扱いされていること、気づいてないの?」 「そ、それは………」 流成に指摘され、康久は言葉に詰まった。 涼太を自分のものと思ったことはなくても、自分は特別だと感じたことはある。 いつも涼太は側にいてくれようとしてくれたし、自分を優先に考えてくれているのもわかっている。 「私は君を誤解していた」 「え?」 涼太を見す見すこんななにもできないような子に渡すつもりはない。目の前でふたりの幸せを見るつもりも、流成にはなかった。 「君は自分がなにを言ってるかわかる? 私と涼太を犠牲にしても、君は自分さえよければそれでいいの? 私たちの間に割って入って、それで私たちの仲が壊れても、それでも涼太を独り占めしたい?」 「ごめんなさい。僕は、涼ちゃんの言葉を信じたい。側にいてもいいと、涼ちゃんそう言ってくれた。だから僕はそれを信じたい」 自分が何を言ってるかなんてわかってる。わがままを通り越した、ただの醜いエゴだということも。 でも、それでも康久にとって涼太は絶対の存在で、どうしても譲れない。 なくしてしううことは、できない。 「だから、僕は涼ちゃんの側を離れません。小林さんと涼ちゃんの間に割って入っても、それで小林さんが泣くことになっても! 憎まれても」 震えた声で、でも強い意志を映した真剣な瞳で康久はそう言った。 「涼ちゃんだけは譲れない」 「私は君を見艦ってたみたいだね」 流成は、自分の精神が冷たい刃物になってゆく瞬間を感じていた。 いつもどこか冷めた、自分を一歩ひいたとこから冷静に見ているところがあった流成。 人を心から憎んだことも、嫌ったこともいままでなかった。嫉妬心さえ。 自分の中にそんな感情があることさえ知らずにいた。 涼太と出逢うまで、恋なんていうのも知らなかった。 「君がそのつもりなら、私にだって、涼太だけは譲れないという想いがあるからね」 もともと宣戦布告のようなものを仕掛けたのは流成の方だが、康久が引かないのならもうどんな汚い手でも使う。 身体だけだっていい。うわべだけだっていい。ただ、康久には譲れない。 もうそれだけだっていい。 「手加減はしないよ。君が仕掛けたんだからね」 「小林さん………」 泣きそうな瞳で自分を見上げる康久に、流成は微笑みで突き放す。 「小林さん、僕は………」 「もういいでしょ。涼太が君のいないことに気づいてしまうよ」 「争いたくないんです」そう言おうとしていたのに、流成に遮られて康久は黙り込んだ。 これ以上なにか口にすることを、流成は許さない。 「早く自分の部屋に帰った方がいい」 「はい。ごめんなさい、ほんとに………」 力なくドアを開けた康久に、くすくすと流成は目を細めた。 「いつでもおいで、相談にのるのも寮長の務めのひとつだから」 「……………はい」 涼太を獲りあう。自分が今日言いたかったことは、そんなことじやないのに、流成にはそうとられてしまった。 それが康久にはつらくて、涙が出てくる。 「涼ちゃん………」 たったひとりの大事な人が、自分だけの大事な人じやないために気持ちがすれ違ってしまう。 流成にとっても涼太は大事な人なのだと、康久だってわかっていた。 でも、でもそれでも、涼太だけは譲れない。なにをおいても、なにに代えても。 たったひとつの自分の夢。たったひとつの自分の想い。たったひとりの大切な人。 東原涼太――――――たったひとつ魔法があるとするなら、そのひとだけが自分の願いを叶えてくれ魔法だから。 |