【優しい腕が、私の傷を深くする夜】
急に降り出した雨に、戸惑いの声を上げたのは奨武のほうだった。 天気予報では、「雨」の言葉は今日はなかったはずなに、雷を伴った雨は大粒で激しく歩道に打ちつける。 「まいったな………」 いつ見ても丹精で整った顔が、わずかに歪む。 ぬれた前髪が額に張り付くのを、手で後ろへ流して整えたら更に男前が上がった。 「なに? なんかついてる?」 「いえ………」 じっと顔を見たのを気づかれて、流成はあせって視線を外した。 外した視線でも、苦笑されているのがわかった。 「映画でも行こうか」 放課後、生徒会室に顔を出した流成に奨武は言った。 二人っきりの場ではなかったのに、堂々とした態度だった。 誘惑しても堕ちなかった奨武に、さて次はどんな手で迫ってみようかと思案していたところでの誘い。いつもなら断っていた流成だが、今回はにっこりと微笑みでOKした。 だがいざ待ち合わせをし、一緒に過ごしてみてはじめて流成は後悔を覚える。 自分の下心が恥ずかしくなるぐらいの奨武の接し方に、戸惑いを隠せなかった。 なぜ奨武は、自分を好きだというくせに触れようともしないのだろうか。 真っ暗な映画館でも、奨武は必要以上に身体を寄せてはこなかった。 手でも握ってきたら、握り返して「その気がある」と伝えようと思っていたのに、食事も明るい店内のイタメシ屋で、会話も観た映画の感想を言い合ったり難のない学校の話。 あまりにも健康的だから、次の自分の出方がわからなくなってしまった。 食事を済ませて店を出ても、奨武が次に行きたいと言ったのはデパートの中にある本屋で、探していた本が見つかるとそれで用件は済んでしまった。 この日本で、こんな昼間に男が二人手でも繋いで歩ける場所もないが、奨武からはそんな空気が少しも感じられないのが腹立たしくもある。 せっかく今日はその気できているのに、目の前の男は据え膳を食わないつもりだろうか。 まさか性欲を伴わない感情なのだろうか。性欲ばかりが先行する自分とはかけ離れた? 落ちる雨粒が跳ねる軌跡を眺めながら考える。 流成は、月城奨武を好きになれない理由がそこにある気がした。 一緒にいれば、自分の汚さとは真逆にあるようなまっすぐな奨武に、嫉妬と羨望を持つからだ。 自分にはないものを、自分にはできないことをする。 「寮の門限は………………小林?」 メタルの腕時計に目をやった奨武のその時計を、流成は手で隠した。 「私を抱く気がありますか? 私は、気持ちだけじゃ満足できない。私が欲しいなら、奪えばいい………奪ってください」 「小林………………」 少し低い流成の見上げるような視線に、奨武は迷うより悩んだ。 「俺を試すというなら、それもいい。だけど、小林は本当に望んでいるか?」 気持ちがそこにないことを、知っていての言葉だと流成は察した。 だが、引けない。 「望んでいるから言ってるんです。YESかNOか。私には二つの選択肢しかない」 自分には、東原涼太しか選択肢がない。だから、引けない。 奨武が自分を選ばないなら、必要ない。 涼太以外の人間は。 「使える」か「使えない」かでしかない。 「わかった。俺は小林を欲しいと思ってる。俺だってただの男だからな。目の前に好物を出されて、食わないでいることはできない」 ふっと不敵に笑うと、奨武は流成の腕を掴んで雨の中を走り出した。 走る先に、ブッティックホテルの看板がある。 流成は、それを確認して自分の中にまたひとつ大きな黒い穴が開くのを感じた。 自分の腕を掴む暖かいぬくもりが堕ちる穴を――――――――――――――。
「はっ………あぁっ………」 ぐちゅっとしめった音が、音のない部屋にこだまする。 うつぶせた姿勢で、腰だけを高くした自分の姿が恥ずかしくて、流成は枕に顔を沈めて持って行かれそうな意識をなんとかしてたもとするが、頭が白くなってゆく。 「い、いやだ………っんっ」 自分の中で動く指が、快楽の点を探してうねる。 いままで性行為は涼太としたことがない流成に、強烈な熱さが寄せてくる。 「あ、いやだまた………あっ」 ぱたっと、シーツにまた飛び散る白濁した粘液。涙が、白い布に染みた。 吐精したところで、まだ許されない。 指はさらに奥を求めて深く入り込んでくる。 「っ!! つ、月城っ………」 さすがにイッたばかりの敏感な性器に触れてきた手は、払いのけた。 「べたべたで気持ち悪いだろ? 遠慮するなよ」 「んあっ………」 やっと自分の中から指が引き抜かれると、流成は力無くシーツの上に転がった。 ちらっと抗議の目を奨武に流したが、それすら受け止めて笑っている。 「気持ちいいだろ? こんなにべたべたにして………」 なでられた内股に、ねっとりとついた液体。言い逃れはできない。 「あなたは………」 「なんだ? やり過ぎとか今更いうなよ。長年の想いが、堰ききったんだからな」 先ほど雨の中で笑って見せたあの不敵な笑みの意味を、流成ははじめて覚った。 「加減てものがあるでしょう?」 乱れた息を必死で整え、目尻にたまっている涙を指先でぬぐう。 立て続けに二度も強引に射精させられては、身体に力が入らない。 「私ばかりで、あなたはいいんですか?」 「よくはないさ。俺だってちゃんとさせてもらうよ。ま、小林のそんな姿だけでも、おれはイッちまいそうにはなるけどな」 どこまで本当だかわからない口調で、奨武は笑う。 自分の方が絶対ベッドでは有利だと踏んでいた流成は、自分の読みの甘さにギリと奥歯を噛んだ。 「後悔しているか? でも、それがお前の罪の代償だ」 「えっ!?」 ギシリとベッドがきしんで、上に覆い被さってきた奨武の顔は、いつになくまじめだった。 どこまで知ってる? そう聞こうとした唇を、言葉ごと吸われる。 「月城………」 会話をかわしたのがわざとなんだと、キスのあと唇が離れたとたん今度は手のひらで再び塞がれて、わかった。 じっとりと熱く熱を持った手が、汗ばんでいた。 「俺はなにも知らない。気づいちゃいるが、知らない。ただ小林を俺のもんにするなら、俺も綺麗なままじゃいられない覚悟があるだけだ。もともと、そうお綺麗でもないけどな」 流成は、奨武らしいと思った。 いつも堂々としていて、秘密ごとなどない振る舞い。 まっすぐな人間だからこそ、汚いことも綺麗なことにも手を出すんだ。 「わかってて落ちるんですか? ただ私が好きってだけで………」 それは自分だって一緒だ。 涼太がいなければ、こんな自分もいなかった。 でも、巻き添えにするのが奨武だと、なぜこんなに後ろめたいのだろう。 好意を持たれているというのなら、そんなの奨武以外にもいた。 身体の関係までは持たなくても、利用した人間もいる。 なにが違うのか。 「考え事できないぐらい、ハマれよ。とりあえず、今日だけでもいい。愛のあるSEXがどれだけ気持ちいいか、刻みつけてやるよ」 「あっ………」 ぐっと体内に押し入ってきた圧迫感に、思わず流成は反射的に息を吐いた。 何度しても慣れない、この感覚。 涼太以外とはじめてだが、なにか違うだろうか。 優しくて強い、この男が相手だとなにが。 愛のあるSEXというのなら、涼太との間にだってそれはある。 一方通行だというのなら、それは奨武だって同じはずだ。 だが流成は、それを口にしなかった。 「んっ………あぁっ」 頭がどんどん白くなってゆく。 奨武の言ったように、いまだけはなにも考えたくない。 忘れさせてくれるなら、縋ることができたならどんなによかっただろうと、こんな時でも脳裏に浮かんだ冷たい顔に胸を乱される。 所詮、身体と心は別。 流成は言い聞かせるように何度も声には出さず、涼太の名前を胸につぶやいた。
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あけましておめでとうございます………。 2004.01.04 渡辺祥架 |