【通した意地で、離れる指先】
寮を抜け出すと持ちかけた涼太に、康久もうなづいた。 行き場所を「行ってからの楽しみだ」と言った涼太の言葉どおり、連れて行かれた場所に康久は感嘆の声をあげた。 「ちょっと、いいって言うまで目を閉じてろよ」 そう言って瞳を閉じた康久の手を引き、涼太が康久に見せたもの。 「あっ!」 目を開いた瞬間に飛び込んできた星屑の群れ。 驚いた康久はしばらく息をするのを忘れた。 「おいおい、ちゃんと息しろよ」 笑う涼太に、自分が息をしていないことを知った康久が照れ笑いを浮かべた。 「どうして? ここどこなの?」 「恵ちゃんの知り合いのとこ。自宅にプラネタリウム持ってる人がいるって聞いて、貸してもらった」 事も無げに言う涼太だが、それがどれほどすごいことかはわかっていた。 画家である兄、恵のツテにはいつも驚かされる。 「金かかってんなー」 ドーム型の天井に映し出される星は、本物には及ばないがきれいだ。 本当は郊外の山にでも出て、東京では見えない生の星を康久に見せたかった涼太だが、急な思い立ちではこの偽天が精一杯だった。 しかし当の康久は至極気に入ったようで、まばたきも惜しんで偽物の星を眺めていた。 何か塞いでいたように思ったけれど、いまはそんな素振りもない。 「さ、そろそろ帰るか。頼めば、気軽にまた貸してくれるらしいから」 一時間もいただろうか。時計は日付が変わろうとしていた。 「そうやね。抜け出してきたんやし、寝ないと明日しんどいやなぁ」 少し名残惜しげな康久を促して外に出ると、薄い霧が夜を包んでいた。 「肌寒いな、今日は………寒くないか?」 月の隠れた空を見上げて、涼太は視線を康久に戻した。 「平気や。見えんけどな、ちゃんと下に着込んできたんよ」 「おー、考えたな」 細い道を通る車に気遣いながら、二人で並んで歩く。 伊勢でも、こうしてよく歩いた。 昼も夜も、ほとんど一緒にいた。 いまは同じ部屋に住んでいるのに、あの頃よりも一緒の時間が少ない気がする。 友達もできて楽しそうに見えるが、時折沈んでいる様子もある康久。 何も言わないから、かえって問い詰めたりできなかった。 「あー、そうだ。今日のこと、誰にも言うなよ。特に霞に知られたら俺も連れてけってうるさいからな」 「うん、誰にも言わんよ、絶対に」 ガキくさいと思ったが、差し出した小指に康久も小指を絡めた。 「ゆびきりげんまん」 触れ合った指の温かさは、どこにいても変わらないのに。
「おかえり………どうしたの? 入らないんですか? 中に」 こっそりと窓から入ろうとした涼太と康久は、自分の部屋の中からその声が響いて心臓が縮んだ。 窓が開くと、流成が微笑んで出迎える。 「こんな深夜に、外出なんて許されないことですよ。それも黙ってこそこそと」 「いいから入って来い」 てっきり流成ひとりだと思っていた涼太は、流成の後ろから顔を出した奨武に驚いた。 「なんでここに?」 渋い顔をしながら、康久を持ち上げて部屋に入れる。 続いて自分も入ると、渋い顔のまま二人に対峙した。 「どこへ行っていた? こんな時間まで」 なぜという問いは無視して、奨武は問う。涼太にではなく、康久に。 昼間のことがある康久は、またいわれもないことを責められるような恐怖を感じていた。 しかし今回は自分達が悪いこともわかっている。 無断で寮を抜け出したことは、規則違反だ。 「なぜ黙ってる? 言えない場所か?」 「どこでもねーよ! なんなんだよ、たかが抜け出したぐらいで」 涼太は康久を庇うように、さっと奨武と康久の間に入る。 それが奨武の気に障った。 これでは昼間と同じだ。やっぱり思っていた通り、寮でも涼太が庇うから流成が困っているんだと確信した。 「俺はお前に聞いてるんじゃない。後ろでちっさくなってるやつに聞いてるんだよ」 「あ、あの………」 声が震えた。康久は小さな声で、「言えません、ごめんなさい」と頭を下げた。 涼太と約束をした。絶対言わないと。 ますます自分の立場が悪くなるとわかってても、康久は譲れないと思った。 「知り合いのとこに行ってただけだよ。疑うなら、確かめたっていい。いまここでその知り合いに電話するか?」 「涼ちゃん………」 ぽんと、涼太が康久の肩に手を置いた。 「俺が黙ってろって言ったからって、こんなときはいいんだぜ」 気にするなと、笑う。 「俺が連れ出したんだよ。謹慎でもするか?」 悪びれない態度に、奨武がギリと唇を噛んだ。 なにか罰をとも思うが、ただの謹慎では気持ちが治まらない。 「小林、こんなときはどんな処分があるんだ?」 「そうですねぇ、謹慎もそうですが、東原だと返って喜びそうですね」 自分を振り返った奨武に、苦笑を返す。 にがい顔を作らないと、笑みがこぼれそうだった。 画策どおりに物事が進む。いや、それ以上だ。 奨武が寮に訪れたのはたまたまだ。こんなときに涼太と康久がそろって問題を起こしてくれるとは、流成も思っていなかった。 嘘が本当になってしまえば、それは嘘ではなくなる。 ちらっと厳しい視線を投げる涼太は疑っているようだが、この展開は自分が故意にやっているものではないと、流成は視線で投げ返した。 「いくら東原が連れ出したと言い張ったって、同行したなら同罪だ………そうだな、今後こんなことにならないように東原と華南の部屋を分けるべきだ」 「えっ!?」 うつむきぎみだった康久が、驚いて顔をあげた。 「華南、明日から小林と同室だ。寮長がいつも目を光らせていたら、そうそう悪いこともできんだろ」 「そうですね、いい案です。私はいいですよ? 私がこちらに来ますか? それともあなたが私の部屋に移ってきますか?」 「お前ッ!」 「涼ちゃんっ!」 にっこりと笑ってみせた流成に手を伸ばそうとしたのを、康久が止めた。 「いいよ、涼ちゃん。大丈夫だよ」 本当は流成との同室は不安がある。なにより、涼太と離れるのが辛かったが、この場がそれで終わるならそれでいいと康久は思った。 「了承したな。東原、本人がいいと言ったんだ。それでいいだろ。それとも、もっと騒ぐか? 停学通り越して、退学になってみるか?」 「停学? お前にそれだけの権限あるのかよ」 奨武にまで食って掛かる涼太の袖を、康久はひいた。 「涼ちゃん、本当に大丈夫やって………部屋別になったって、逢えなくなったわけやないし。な?」 「康久、お前は知らないから………」 そこまで言って、涼太は言葉を止めた。 これは流成の画策だと言えば、自分と流成の汚い関係まで話さなければならなくなる。それだけは避けたかった。 流成との本当の関係は知られたくない。 涼太は、汚い自分を胸のうちで罵りながら、悔しさに奥歯を噛み締めるしかなかった。 |
5000HIT記念がこんなに泥沼ですみません………。あはは、自分でもいやんなるぐらいの暗さでお送りしています。 2002.05.02 渡辺祥架 |