そのご
「あっ! 渉ちゃん、起きて大丈夫なの? お熱、下がった?」 廊下に出たとたん、雪ちゃんに飛びつかれた。 「だ、大丈夫だよ。ぜんぜんへーき。心配かけて悪かったな」 こんなところ工藤に見られたら厄介だ。俺は慌てて雪ちゃんの腕から抜け出した。 「あ、雪ちゃん、工藤知らない? 部屋にいないんだけど」 目が覚めたら、あの具合の悪さは夢のことのようにサッパリいつもの俺だった。 というか、夢だったような気もする。 だけど雪ちゃんが「大丈夫」って聞いたって事は、俺が具合が悪かったって雪ちゃんも知っていたってことだろ? そんで、工藤がかいがいしく世話してくれるわけないから、やっぱりあれは東堂さんか寮監か。 「工藤さんなら、食堂でご飯食べてたよぉ」 ほらな。俺のこと心配っていうなら、俺を無視して一人で食堂にいくかっての。 やっぱり、あれは夢か工藤じゃないってことに決定。 だいたい、アイツに優しさのかけらってもんがあるなら、毎日毎晩あんな淫らなことにはなってないはずだ。 「渉くん? まだお熱あるんじゃないの? 顔、真っ赤」 「えっ!? だ、大丈夫だよ、じゃ、俺、食堂行ってなんか食ってくるから」 工藤とのこと思い出したら、なんか血がカーっときちまった。 なんでだろう。 いやだいやだって思ってるのに、工藤にされたこととか思い出すとなんかズキってするしカーってするし。 なんだっていうだ。このモヤモヤ。やっぱりまだ本調子じゃないのかな、俺。 あの高熱だ。脳みそ少し壊れちゃったかな。 「よぉ、もういいのか?」 食堂は時間が遅かったせいか閑散としていて、入り口近くに工藤がいたからいやでも鉢合わせてしまった。 「大丈夫みたいっすね」 なぜかいつものような威を感じさせない工藤に、首をひねる。 「おばちゃんに頼んで、いま粥を作ってもらってるから。……………なんだよ、その顔」 「だって………」 そんなに親切で優しい工藤なんて、変だ。おかしい。 「俺、お前に移したかな。熱ないか?」 思わず額へと伸ばした手をはたかれて、そうじゃないとわかる。 「そんな嫌味が言えるなら、ほんとに大丈夫だな。じゃ、ちょっと来い」 「ちょっ! どこ行くんだよ!!」 むんずと腕を掴まれて、ずんずん俺をどこかへと連れてゆく。 食堂を出て、玄関から外へ? と思ったら入り口でぴたっと止まった。 突然止まるものだから 、前が見えてなかった俺は工藤の背中に顔を突っ込んでしまった。 「痛っ………なんなんだよ、もう〜」 鼻、赤くなってないかな。顔ぐらいしか誇れる所がないんだから、傷つけたくない。 「ほら」 文句を言おうとした俺に、工藤はコードレスの受話器を差し出した。 「なに?」 どっかに電話しろってのか? そんぐらい、自分でしろよなー。 「お兄さん達からだ。校長に言われてるから、あんま時間やれないけどな」 「え?」 嘘だろ!? ここに来て携帯の電波はたったことがなくて、おまけに寮の電話やPCを俺は使えないことになっていた。 外へ連絡なんて、後は手紙か!? ってことだったけど、それだって家への手紙はじーさんが握りつぶしそうだし、友達への手紙なんてなんか今更こっ恥ずかしくて出せそうもなかったんだ。 「もしもし?」 半信半疑だった。 だってなんで工藤が? って思う。 『渉!? 渉なの!?』 耳がキーンてするほどの声は、まさしく………。 「なっちゃん? 元気………そうだね。久しぶり」 なんか、自然と笑顔になっちまう。 家にいた頃は、過保護な扱いとか必要以上のかまいぶりが少しウザイときもあるけど、二人ともいいお兄ちゃんで大好きだ。 『渉? もしもし、俺だよ、亜貴だよ。大丈夫か?』 なんか電話の向こうでは受話器の奪い合いがあるらしく、俺がなんか言うたびに相手が代わってる。 まだ離れて少しだってのに、すごく懐かしく感じた。 もう三年ぐらい逢っていないような。 「あっちゃん、テブラにすれば? なんか話ができないよ」 『あ! そうか。待ってろ』 言葉のあと、ピッと電子音がして少し声にエコーがかかるようになったけど、二人の声が同時に聞こえるようになった。 『熱は下がったのか?』 「ああ、うん。もう大丈夫だよ。でもなんで知ってんの?」 寮監がいないからいまこうして話せているんだろうから、やっぱり介抱してくれたのは藤堂先輩なんだな。いい人だ。 『なんでって………工藤って人が電話してきて、渉はいつも熱を出すのかとか対処法はとか聞いてきたんだぜ』 「え?」 なっちゃんの言葉に、耳を疑った。 工藤が? 工藤が俺の家にまで電話して俺のこと聞いたってのか!? 信じられない思いで、横に立っていた工藤を見上げると、工藤は不機嫌そうにフイっと視線をそらした。 そんな工藤の肯定の態度を見ても、信じがたい。 だってそんなタイプじゃないだろ? 工藤って。 『交換条件に渉と話をさせてほしいって言ったら、約束しますって言ったからいまこうして話せてるんだぜ』 工藤が俺のために交換条件飲んだってのか!? だって俺がこうやって電話使ってることがバレたら、工藤だって怒られるかも知んないんだぜ? 「時間だ」 じーーーっと工藤の顔を見ていた俺に、視線をはずしたまま工藤は短く言った。 まるでばつが悪くて、俺と目を合わせられないみたいに見える。 あれ? なんか工藤らしくないぞ? 「もう寮監が帰ってくる。悪いが、電話を切ってくれ」 「わかった。………じゃ、あっちゃん、なっちゃん、俺ちゃんとこっちでがんばってるから。父さんと母さんにもそう伝えといて」 まだ名残惜しそうになんか電話口で言っていたけど、俺は断ち切って受話器を工藤に返した。 「あ、ありがとう。なんかいろいろ世話をかけたみたいで………」 まだ少し信じられないけど、薬を飲ませてくれたり電話させてくれたりしたのが工藤だって言うなら、礼はしないとな。 電話を寮監室に置いてきた工藤は、やっと俺をみた。 「なんだよ」 今度はぜんぜん視線をそらさないから、なんか廊下で睨み合いだ。 こんなとこでガンつけあってどうすんだ? って思っていたら、先に視線を外したのは工藤。 「なんかお前おかしーぞ。俺の熱が移ったか?」 「そんなこと言うのは、この口か」 言うやいなや、工藤は俺の唇を指でつまむと思いっきりつねりやがった! 「いふぁふぁ………いてーーよ! なにすんだ!」 前言撤回! やっぱりいつもの意地悪工藤だ。 俺の心配したり介抱したりってのは、単なる気まぐれなんだ。 あ! わかったぞ。 きっと俺が万全じゃないと、エッチなこととか使いっパシリにできねーからだ。 捕獲した魚に、死なない程度に餌やるやつなんだ。 ありがとうなんて思った、俺が馬鹿なんだ。 「なんだよ、睨むなよ。たまには笑え」 苦笑混じりのため息は、やっぱりいつもの工藤と違った。 |
少しずつ進んでおります。 2003.10.01 |