そのよん

 

「渉くん、渉くん」

 鈴を転がした………とまではいかないまでも、かわいらしい声が俺を呼んでいる。

「渉くんでばぁ〜」

 延ばした語尾も愛らしく、ここが男子校なんてことを三秒だけ忘れそうだ。

 ダメだ! そんな思考おかしいぞ。

 いくら女の子がいないからって、仮にも俺と同じものぶら下げたやつつかまえてなにほんわかしてんだ俺!?

「どうしたの? 頭痛いの? 保健室行く?」

 昼休みに入ったとたん頭を抱えた俺を、雪ちゃんは心配そうに覗き込む。

「だ、大丈夫。頭痛………んーーーー、大丈夫」

 自分でも、支離滅裂な日本語だと思う。でも、雪ちゃんはわかったみたいにうなずいてくれた。

「ごはん食べよう! 今日は天気もいいから、裏山いかない?」

「へ? 裏山?」

 裏山って、あの鬱蒼とした魔女が林檎もって徘徊してそうなあの薄暗いとこか!?

 あんなとこで飯喰ったら、美味しいものでもなんか毒入り!? って味しかしねーぞ、きっと。

「……………いや俺は………」

 いかねーぞ。そんなとこ。

 それに、工藤と約束した昨日の今日だ。一緒に飯なんて喰えるか!  

 だいたい、山とか森とか、俺はそういうところが大っ嫌いなんだ!

「あのね、渉くん気に入るといいな〜。さ、要ちゃんとか先に待ってると思うから、ウーロン茶買って早く行こう!」

「あっ、おいちよっと………」

「いいから、いいから」

 ちっとも聞いちゃいない。

 ずるずると俺を引っ張って、雪ちゃんはすたすた歩く。いや実際は、なんかスキップでもしてんのかチョンチョン跳ねてるんだけれども、そのふんわりした歩みのわりには俺の腕をがっしり掴んで放さない。

 雪ちゃんて、見た目よりも力が強いな………とか、引きずられながら思った。

「ほらほら、要ちゃんたち待ってるよ」

 指差した、森の奥。薄ぐらーい小道のどんずまり、まるでスポットライトのように日差しがさして、その中に二つの影。

 ふたつ!? 工藤!? なんでここにっ!?  

 あ、そうか。雪ちゃんがいるからか………。

 好きな人とは、片時も離れたくないもんだからな。

 しかし、だとしたらまるで手でも繋いでいるようにも見えるこの現状を、工藤はどう見ているのだろう。

 俺は望んでない。雪ちゃんが勝手に! といったところで、じろりと睨まれてチクチク視線で刺されるだけだ。

 嗚呼、神様。俺がしたことって、そんなに悪いことだったの?

 確かに人の身体的欠損を笑い事にしたのは、すごくすごーく悪いことだったけど、ちゃんと反省したんだよ。

 ちゃんと教頭には「ごめんなさい」と頭も下げたよ?

 こんなに、こんなに俺に試練を与えるなんて、愛されてる?

「渉ちゃん? どうしたの? そんなに首ブンブンしたら、とれちゃうよ?」

 とれねーよ!

 怒鳴りたかったが、ぐっととどまった。

 もし工藤に俺が雪ちゃんいじめてるように見えたら、とんでもないお仕置きされそうだ。

「おせーよ。何時間待たせる気だ」

 工藤の眉間のしわが、すきっ腹のせいなのか雪ちゃんとじゃれているせいだからなのか、判別つかない。

「ごめんねぇ、りっちゃん。はい、渉くんはここね〜」

 敷かれた敷物の端っこ。よりによって工藤の隣を雪ちゃんは指差した。

「えっと、俺、東堂さんの隣がいっかなー………」

「いいからとっとと座れ」

 俺の訴えは、とっても静かな工藤の声にあえなく却下され、ジロリと冷たい視線が刺す居心地の果てしなく悪い席に座ることになってしまった。

「いいでしょ〜、ここ。僕もりっちゃんに教えてもらってね。気に入ったの〜」

 天然だ。雪ちゃんの場の空気の読めなさは天然!

 大事にしちゃいけない天然記念物!  しかし憎めないのが、天然のなせる技なのか!?

 ガクーって力が抜けて、なんかもうどうにでもなれ! みたいな。そんな効能もある天然温泉的な存在か!?

 しかし、工藤がここをってのがびっくりだ。

 森の中とびびっていた俺だけど、着てみたらここはなんていうか………絵本の中みたいなんだ。

 森の木々の奥に校舎の屋上だけ見えていて、あとは陽だまり。歩いてきた小道以外は木ばっかりなんだけど、いま座っているここだけぽっかり開けた空間。

 芝生じゃないけど、背の低い草がクッションみたいで気持ちいい。

 こんなメルヘンチックなところを、工藤が!?

 当の工藤は黙ってる。否定しないってことは、そうなんだ。

 で、お気に入りの場所に雪ちゃんを連れてきて、その雪ちゃんが俺を連れてきた。

 あ、あとが恐い感じ。

「時間なくなるから、ほら、食べよう。じつは、食堂のおばさんにこっそり頼んで、お弁当作ってもらったんだよ」

「え!? すげー、寮長の特権!? うわ〜、うまそ〜」

 花見でもするような三段お重に、美味しそうなおかずがぎっしり。一番下には、いなり寿司がびっしり! 俺感激!

「食べ物見たとたんに機嫌が治りやがって」

 ぼそっと吐いた工藤に、俺はほおばった稲荷を呑めこめないまま抗議した。

「ほぉれ、ひへんはんはわふふへー」

「…………………………なに言ってるかわかんねーよ」

 心底あきれたみたいな顔で言われた。

 俺は喉に詰まりそうな稲荷を、雪ちゃんが笑顔で差し出してくれたお茶で流し込む。

「俺、機嫌なんて悪くねーって言ったの!」

 いちばん機嫌が悪そうなやつが、なにを言う。

「仲良しさんだね〜、渉くんとりっちゃん」

「へ?」

 雪ちゃんもなにを言う!  

 俺と工藤のこの会話で、どこが仲良しさんなんだ?

「雪ちゃん、すげー誤解してるぞ。俺と工藤が仲がいいなんて、どこをどう見て思うわけ? 険悪じゃん」

 ジューシーから揚げを口に放り込んでる雪ちゃんに言う。

「えーー? そう? でも仲良しさんだよ。ね? 要ちゃん」

 おいおい、同意を求められた東堂さんはとっても困った顔してんぞ。

「そーだよ。俺たち、仲良しさんだぜ、なあ」

「ぶっ!」

 急に工藤が俺の首を後ろから羽交い絞めにするから、俺はそのまま後ろに倒れこんで工藤の胸に抱かれる形になってしまった。

 飲み込みかけた卵焼きをふきだすかと思ったぜ。

「やっぱりぃ? よかったねぇ、渉くん」

 よかねーよ!

 叫びは、閉められた首に言葉にならなかった。

 し、死ぬ………。

 もう必死に工藤の腕に爪を立てたら、やっと工藤は俺を話した。

 涙目の俺の顔をみると、ふふんと笑う。

 ホント、いい性格だよな!

 だいたい、なんで雪ちゃんの前でそんなことするんだ?

 俺と工藤が仲がいいなんてことになったら、困るのは雪ちゃんが好きな工藤だろ?

 はっ! 嫌がらせか!?

 本当は二人っきりでここで雪ちゃんとご飯が食べたかったのに、俺がきたから。

 三人だと気まずいから、東堂さんも呼んだ?

 うぅぅ。こんなことなら雪ちゃんの腕をふりはらって、逃げればよかった。

 ご飯は美味かったし、この場所もいい場所だけど、首を締められるのはごめんだ。

「なに泣いてんだよ。うれし泣きか?」

 ニヤっと笑った工藤を、俺は心底恨めしく思う。

 この涙は、息ぐるしさのやつじゃねーか!

 わかってるくせに!

「力人、そのぐらいにしとけよ」

 藤堂さんにそう窘められて、やっと工藤は飯を食うことに戻った。

 パクパクと不機嫌そうに。

 ほら、やっぱり機嫌が悪いのはテメーじゃねーか………。

「あっ! オイ、ぜんぶ食うなよ。俺の分は!?」

 やっぱり嫌がらせ!?

 

 

 

 

 

 

 

 じっとりと汗が体中を濡らしてるのは、自分でもわかった。

 すごく気持ち悪いのだけれど、なんか鉛でも仕込んであるかのように腕さえも持ち上がらない。

 熱か………。

 ぼんやりする頭には、身に覚えがありすぎる。

 外見からは想像つかないかもしれないけれど、俺は病弱。

 いや、別にサナトリウムに入っていたとかそんなんじゃないけれど、ちょっと疲れたりすると熱が出たりすんだよ。

 そのせいか、家族のみんな俺に甘かった。

 自分で言うのもなんだが、俺も甘え上手だった。

 欲しいもの、して欲しいこと、遠慮せずに言っていたし、言わなくても与えられていた。

 懐かしい生活。

 ここじゃ、欲しいものがあったって下の町まで行くのにはてしなーく森の小道を下らなきゃいけない。

 下ったら、帰りは登るんだと思うと出かける気力もなくなる。

 部屋じゃ工藤がいるし、なぜだか雪ちゃんや東堂さん以外のやつは俺を遠巻きで、なんか孤立。

 じいさんの「罰」ってのは、思惑通りだよ。喜べ!

「ん………」

 それにしても寝苦しい。

 アキちゃん、ナッちゃん、苦しいよ〜。

「あれ………?」

 寝返り打つのもだるい身体に、ふと額に冷たい手がのせられた。

 あぁ、この手はナッちゃんだ。そう思うほど、優しい手だった。

「大丈夫か? 苦しいのか?」

 優しい声だった。低いけれど心地いい。

 冷たい手と優しい声に、ふっと少しだけ楽になる。

「なにか欲しいものはあるか?」

 そう聞かれて、俺は喉が乾いたと訴えた。

 まさか、ナッちゃんやアキちゃんがこの部屋にいるわけない。なら、東堂さんだろうか。

 工藤が見かねて呼んでくれた?

 でも東堂さんの声じゃないし、工藤はもっと意地悪な声だし。

 誰だろう………なんか熱で耳もキーンとしてよくわかんないや。

「飲めるか? 起きられるか?」

「だ、ダメそう………」

 重いまぶたでなんとか声の主を確認しようとしたけど、視界がぼやけててわかんなかった。

 ここにもこんなに親切な人がいたんだな。

 仲良くなりたいなーなんて、ぼんやり考えた。

「ん?」

 パキっと、耳元で何かを開ける音。そして、顎があげられて次の瞬間─────────。

「んっ!? ん────────────っっ」

 よく冷えたポカリはありがたかったけど、口移しなんて!!

 いや、これは緊急事態みたいなものだから仕方なかったのか?

 男に口移しなんてさせて悪かったかな。

 起きたら、ちゃんと謝ろう。御礼も言って。

「ふっ………」

 いったい誰に謝ればいいんだろうと思ったとき、また唇が重なった。

 今度は、錠剤も一緒に口の中にポカリが流し込まれる。

「解熱剤だから」

 あぁ、確かにアスピリンの味。

 何から何まですみません。

 起きたら………起きたら………。

 意識はあっけなく俺の意思から離れてしまった。

 


 

そのよん

 

6000Hit………のつもり。
夏コミ前後に書いているのでした。
6000回ってだいぶ経つよ………はぁ、自分に自己嫌悪。
なんかこの先、パロもオリジナルサークルの方も忙しくなりそうで、HPの時間はどうとろうか考え物だけれど、カウンターが回る限りは更新するし、なんか書いているので更新もありますので忘れた頃にまたチェックしに着てね。

2002.08.16