そのさん

 

「は?」

 つつがない自己紹介のあとの休み時間。時期ハズレの珍しい転校生である俺の周りに集まってくる。

「工藤さんと同室なんだろ? いいよなぁ、俺もなりたかったよ」

「いままで独り部屋だったから我慢してたけど、今更転校生なんかと同室になるなんて詐欺だよ」

 などと、好き勝手に口にする。

「俺は好きでなったわけじゃ………」

 嫉妬丸出しに睨まれるのは心外だ

 口ぶりからすると好かれているらしいけど、アイツはそんな輩か? そんなタマか? いや、タマも素晴らしかったけど。

 昨日はあれから大変だったんだ。  無理やり口でさせた上に、寝るときは寒いからと湯たんぽ扱い、抱き枕扱い。

 そりゃ、俺は子供体質らしく人より体温が高いけど、一晩中抱きしめられて寝られたから身動きとれなくて寝違えちまった。

 それなのに寝起きが悪いとゲンコツで起こされ、挙句に寝相が悪いと文句まで言われて。

 おまけにただの朝起ちなのに、手でいいから抜けと強要されて朝っぱらから、俺の手は精液まみれにされた。

 こんなかわいそうな俺の代りに、喜んでなってくれるって言うのだろうか。

 工藤のやろう(もう先輩なんて呼べない)が俺に強いることは、度を越えてると思う。

 だけど、言い出したのは俺だから嫌だけど拒否もできない。

「渉くんいじめちゃダメだよぉ」

 突然のほんわかした声に、人だかりがざっと引いた。

「ゆ、雪ちゃん………」

 こっちの空気などお構いなしに、場が和む笑顔を木戸雪は浮かべた。

「要ちゃんが、渉くんとは仲良くしなさいって言ってた。だから、渉くんいじめちゃダメだよ」

 おっとりとした口調に、なぜかみんなの空気は和まない。

 なぜだ?  

 目の前の木戸雪は、女の子とまではいかないけれど可愛い。微笑まれたら、俺だってちょっとドキとするぐらいだ。

 こんなやつがこのむさ苦しい、男ばかり監禁されているような場で大丈夫なのかと、下世話な心配まで浮かんでくる。

「な、仲良くしてるよなぁ」

「あ、あぁ。仲良くしてるさっ」

「そ、そうだよな。なぁ、花島」

 なぜたじろぐ? それに、仲良く………はしてないぞ? 散々愚痴ってたくせに。

 じろりと俺を囲んでいた連中を睨むと、少しずつ後づさってそのままフェードアウトしていった。

 なんだったんだ?

「仲良くなったんだね、よかったねぇ、渉くん」

 俺の手を取って、ぶんぶんと振ってみせる。

 本当に場の空気が読めていなかったんだろうかと疑りたくなるぐらい、邪気のない笑顔だった。

「えっと………き、木戸、手放して………」

「僕のことはみんなが呼ぶように『雪ちゃん』でいいよぉ」

 でいいよって、普通自分のこと「ちゃん付け」で呼べとか言うかな。

 なんかこのペースに引きずられる。

 ま、でも助けてもらったみたいだし、俺も笑って「わかった」と承諾した。

 俺のことはもう勝手に「渉くん」だからいいよな?

「次ね、生物室移動なの。一緒に行こうねぇ」

 手を放してくれと頼んだのに、まるで女が連れションするみたいに連れ立って歩く。

 みんなの注目が集まってるのも慣れてるみたいだし、不思議なやつだと思った。

 不思議だけど、俺は好き。

 さっきの連中なんかと比べたら、断然お友達になりたいし、早くこの新しい環境に馴染みたいと思った。

 

 

 

 

 

「雪と仲良くなるのはいいけど、度を越すなよ」

 食事の後、風呂から帰ってきたらそんなことを言われた。

 風呂上りほかほか、いい気分で帰ってきたのに。

 だいたいお前に「度を越す」なんて言われたくないぞ!

 俺とのことは度を越してないなんて言わせないからなっ!

「なに睨んでんだよ。ったく。ほら、来いよ。きれいにしてきたんだろ?」

 ぱさっと寝っ転がっていたベッドに俺が入れるだけのスペースを開けて、工藤が手招きする。

「べ、別にお前のためにきれいにしてきたんじゃない」

「どうでもいいから、さっさとしろよ」

 聞いちゃいない風だ。それが頭に来る。

 いつも頭ごなしだし、ムカつくことばっかり。

 それでも俺は逆らえない。

 何をされるかわかってて、この態度L男のベッドに入るんだ。

「脱げよ。今日は、まずお前からしてやるからさ」

「え、いいよ………」

 辞退しかけたら、鋭く睨まれてかなわなくなった。

 うぅ………家が懐かしい。

 兄ちゃんたちと寝ていた頃を、ふと思い出した。

 兄ちゃんたちもスキンシップが激しかったけど、優しかった。甘えさせてくれた。

 俺って、甘えただったんだな。

 ちっとも優しくない相手を目前にして、ひしひしと感じる。

「な、なにす………」

 Tシャツを脱いだら、ベッドに押し倒されて上に覆い被さってきた。

 そのまま跨られて、俺は身動きが取れなくなった。

「なにって、わかってんだろ? 起たせておいて、とぼけんなよ」

「ち、ちがっ………んっ」

 密着させた股間を擦りあわされて、不覚にも甘い息を漏らしてしまった。

「お前がそうやってする………か……らっ………あっ」

 チクショウ、ただ擦られてるだけと変わらないのに感じちまうのはどうしてだ。

 それに、俺だけじゃない。薄い布越しでわかる、工藤の股間の硬さも。

 自分だって同じなのに、俺がやらしいみたいに言われるのは解せない。にやっとした笑みを浮かべられるのは心外だ!

 それに、なんかいつもと違う。

 工藤に言われるまま応じるのも慣れたけど、今日は俺からってのがいつもと違う。

 それに、最近工藤は自分だけじゃ不公平だとかなんとか言って俺のを扱くときがある

 今まで簡単に手だけだったのに、今日はなんだ?

「雪だけは俺の手のうちじゃないから、手が出せん」

 ふと、悔しげに工藤は言った。

 なんだ? 雪ちゃんがなにか?

 俺のいまの友達って言ったら、雪ちゃんぐらいなんだ。貴重なんだぞ。

 他の連中は俺にはどうも理解しがたいけれど、この工藤を崇めてる。

 俺はそんな工藤を独り占めしてると誤解されて、目の敵だ。

 工藤のどこがいいんだ?

 ちっともわからない。 そりゃ、雪ちゃんの言ってることが本当なら文武両道。先日行われた全国模試では、会長の藤堂さんをかーるく押さえて全国で十五位だそうだ。

 スポーツだって、部に属さないとか言って試合に借り出されればちゃんとチームを勝利に導く。

 顔もスタイルもいいけれど、性格でつりがくる。

 みんな工藤が、部屋じゃやらしいセクハラおやじチックだと知ったら、「工藤さん、かっこいい」だの「工藤さん、しびれる」だのうっとりとした目でほざかねーだろうよ。

「お前に雪ちゃんとのこととか、言われたくない」

 もとはといえば、てめーのせいだろうと言い返すと、工藤からニヤニヤ笑いが消えた。  すっと表情が凍りついたみたいに、感情が顔から消える。

 でも、すごく怒ってることだけは伝わってくるから恐い。

 ヤバイ、俺は工藤の逆鱗に触れることなんか言ったか?

 自覚がないから、ぜんぜんわからないけど、俺が怒らしたんだよなぁ、これは。

「お、おい工藤………」

 工藤の動きが止まったことで、この後の嵐を報せるみたいな静けさを生んでいた。

 俺はなにを言ったんだっけ? 頭の中で必死に、自分の言ったことを思い出していたけど、雪ちゃんのことしか………あ、雪ちゃんのことか!?

 俺が雪ちゃんと仲良くしたから、工藤は怒った?

 っことは、工藤は雪ちゃんが好き!?

 そうすると納得がいく。

 俺が雪ちゃんと仲良くやってるみんなの雪ちゃんに対する態度もわかった。

 知ってるんだ。工藤が雪ちゃんを好きなこと。

 だから、雪ちゃんとは当り障りないような会話しかしないし、必要以上に近づかないんだ。

 やっとわかった。

 だから、工藤は嫉妬してるわけだ。

「ご、ごめんなさいっ!」

「え? うわっ」

 俺が出した大声にビックリしている隙に、工藤を押しのけてベッドから転がり落ちた。

「わ、わかったから。雪ちゃんとは、友達以上にはならない、約束する! 度は越えないから!」

 殴られないように、念のために工藤との間に距離を確保した。

 工藤は面食らったように顔をしていたけど、そのうち腹を抱えて笑い出した。

 怒鳴られたりするよりはましだけど、これはこれで恐い。

 でもふと思ったのは、工藤って声までいい男だったんだ。

 笑ってる声が低く響いて、なんだか心地いいような変な波長。

 そう言えば、工藤の声は耳障りがいい。普通に話すときには、ゆっくりと凛としている感じだもんな。

「そんなに見つめるなよ、俺がカッコイイからって」

 ピタと笑いが止まったかと思えば、そんなナルな発言か! 頭大丈夫か!?

「と、とにかく大丈夫だからなっ!」

 工藤は笑いを噛みながら、「肝に銘じろ」とか言った。

 うぅっ、なんか益々立場が弱くなった気がする────────────。

 


 

そのよん

 

4000hit記念でございます。
えーやっと話が進んできたってとこですかね。
渉は可愛いバカですよね。書いてて思います。
でも、自分の周りにいたらムカツクタイプでもあります。
書いてて楽しいのは雪。 うちにはいなかったほんわかキャラなので、新鮮。
この話自体、あまり書かないような内容なんで新鮮だけど。

2002.03.25