そのに
「へ?」 間抜けな顔で聞き返してしまった。 言われたことが、一度で飲みこめない。 「バカか? いいか、もう一度だけ言うぞ」 冷たく見下ろされて、俺はただこくこくとうなずいた。 「起床は六時。朝食は七時。登校は八時。昼は学食で同室のものと。部活に入っていないものの帰寮は五時半。風呂は六時から九時まで。夕飯は八時。消灯は十一時。わかったか?」 「う、うん」 実はよくわかっていなかったけど、そんなこと言ったらもっとバカにされそうなのでとりあえずうなずく。 あとで東堂先輩にでも聞けばいい。 「何か部活にはいるつもりか?」 「いや………特には考えてないですけど。まだどんなのがあるかも知らないし。工藤先輩は?何か入ってます?」 工藤先輩が部活にでも入っててくれれば、その間は一人でいられるってことだよね。 いま数分一緒にこの部屋にいるだけでもつらい。もし工藤先輩が何もしていないって言うなら、俺の方が何か部活やってもいいな。 「俺は生徒会の仕事も忙しいから、正式な在籍はどこもないな」 「あ、そうですか………」 それって、帰りはどうなんだろう。 まさか、「何時ごろまでやってるんですか?」なんて聞けないし。 そして訪れた沈黙。 工藤先輩は何をするでもなく、窓際に設置されたベッドに越しかけてただ俺を見てるし、そんなの気まずい。 何か話さなきゃいけないのかな。工藤先輩は、俺が何か聞くのを待っているんだろうか。 そんなに見られると、緊張する。 工藤先輩、男の俺の目から見てもカッコイイし。 きっと女にモテるんだろうな。選り取りみどりってやつ? でも、こんな山奥じゃ、宝の持ち腐れかもしれないけどね。 「なんだ。俺の顔に何かついてるか?」 怪訝そうに言われて、俺はじーっと工藤先輩の整った顔を凝視していたことに気づいた。 「いや、あ、あはは………あっ! これなんですか?」 いっそう気まずくなってしまった空気が嫌で、俺は無理やり話題を変えた。 俺が立っていた机の上にある本棚に、何かを入れたガラス瓶が大事そうに置いてあったから、何が入ってるのかなーとそれに手を伸ばした。 なんだろう。何か白い、ぽやぽやしたものが………。 「それに触るなっ!」 その瓶を持った瞬間、工藤先輩に飛びつかれた。 「うわっ!」 そんなでかい図体で飛びかかってこられたら、俺はひとたまりもない。 バランスを崩して、そのまま床にゴロゴロ転がった。 「痛っ………………」 工藤先輩はひじでも打ったのか、苦痛に顔をゆがめた。 「ケガは?」 顔を覗き込まれて、ブンブン首を振る。 俺は工藤先輩が抱き込んでくれたから、どこもぶつけることはなかった。 「おい、いつまで俺の上に乗ってる?とっとと降りてその瓶を返せ」 「あ、えーと」 よろよろと置きあがって、先輩に瓶を返そうと思ったけど、肝心の瓶は手になかった。 転がった拍子に落としちゃったらしい。 「あ!」 どこへと思ってあたりを見ると、それはすぐ近くにあった。 割れてしまっていたけど。 「ご、ごめんなさい!」 中味! せめて中味だけでもと思ったけど、 何が入っていたのかそれらしいものは周りにない。 「失くしたのか?」 工藤先輩は床に座ったまま、怒りもせずにじっと割れてしまった瓶を見ていた。 怒鳴られた方がよかった。殴られた方がよかった。 工藤先輩に、こんな顔させるのなら。 「中、なんだったんですか? 売ってる物なら、俺………」 「いい。どうせもう手に入らない。悪いが、しばらく一人にしてくれ」 先輩にそう言われてしまって、俺は部屋を出てゆくしかなかった。 いのまは完全に、ぜんぶ俺が悪い。 瓶に入れてるってことは、よほど大切にしてたものだったのに、俺はそれを壊してなくしてしまった。 入寮して一日目からこうだ。 「どうしたんですか?そんなところで涙目になって」 「東堂先輩………俺、俺、工藤先輩にひどいことしちゃった」 風呂上りなのか、東堂先輩はひとりで濡れた髪で廊下の端から歩いてきた。 「力人に? なにしたの? ま、ここじゃなんだから私の部屋においで」 東堂先輩はそう言うと、俺を促してすぐ隣の部屋の扉を開けた。 「雪、ちょっと席を外してくれるか? あ、こっち今日からお隣さんの花島渉くん。同じクラスだから、仲良くね」 ドアの向こうで髪にドライヤーを当てていたのが、一瞬女の子かと思ってしまった。 「あ、例の渉くん? 僕、木戸雪。よろしくね」 ドライヤーを置いてとことこ歩いてくると、ぎゅっと俺の手を握ってにっこり笑った。 「こ、こちらこそ」 戸惑っちゃうぐらい真っ直ぐに笑う。 「じゃ、僕娯楽室にいるから、終わったら声かけてね」 「あぁ、悪いな」 バイバイと、かわいく手を振るととてとてと出てゆく。 なんかおもちゃみたいなやつだと思った。 「で?何したんですか? 力人に………そういえば、さっきガタガタと音がしてましたけど」 「大切にしてたもの、壊してなくしちゃって」 早速本題に入った東堂先輩に、俺はそう言った。 「大切? あの瓶割っちゃったんですか!?」 なにを壊したってって言ってないのに、東堂先輩はそれを言い当てた。 それは、あの瓶がどんなに鼓動先輩にとって大事なものだったかを指していた。 「何が入ってたか知らないけど、工藤先輩怒りもしないんだ。ただ独りにしてくれって」 言いながら、涙が出てきた。 「ぜんぶ俺がいけないのに、どうしたら………」 「うーん………力人怒らなかったんでしょ? だったら大丈夫ですよ」 東堂先輩は、慰めるようにぽんぽんと俺の肩を叩いてくれた。 それにホッとしたのか、ここに来てずっと心細かったし優しくしてくれるのが東堂先輩だけだったからかもしれないけど、その胸にすがって泣いた。 「大丈夫、大丈夫」 あぁ、優しいな東堂先輩は。 工藤先輩が、もし東堂先輩みたいな人だったら、あんなに緊張もせずにこんなことにならなかったかもしれない。 そう思って、俺が悪いのに、まだどっかで人のせいにする自分に激しく落ち込んだ。 東堂先輩は、俺が泣き止むまでその胸を貸してくれた。 いつ顔をあげようか、なんか恥ずかしくなってきちゃったななんて考えていたら、背後でカチャリと扉が開く音がした。 「り、力人………」 ぎくりと身体を硬くした東堂先輩。その緊張した空気に、俺は東堂先輩の胸から顔を上げた。 工藤先輩はすごく冷たい怖い表情で、ドア枠に腕組してもたれたままじっと東堂先輩を見ていた。 「お前がその気なら、俺も猫に手を出すぞ」 工藤先輩に言われて、がばっと東堂先輩は俺を自分から引き剥がした。 「いい度胸だな、要」 静かな声に、怒気がこもってた。 俺には、工藤先輩が何をこんなに怒っているのかがわからなかった。 その怒りの対象が、俺なのか東堂先輩なのかさえ。 「お、お前も悪いんだぞ力人。私は渉くんを慰めてただけだ」 「余計なお世話だ。帰って来い、渉」 「は、はい」 あまりにも怖くて、俺は素直に従った。 本当はこんな怖い人と二人っきりの部屋に帰りたくないけど、そこしか帰る場所がないからしょうがない。 「なに突っ立ってんだよ。とっとと入って扉を閉めろ」 拒否する身体に力入れて、俺は部屋へと戻った。 とりあえず、工藤先輩には謝り倒してまず機嫌を直してもらおう。 「さっきはごめんなさい」 ベッドに座って、俺を睨んでる工藤先輩に頭を下げた。 だけどなにも返してくれない。これじゃやっぱり、まだ足りないらしい。 「なにしたら許してくれます? なんでもするから」 「なんでも?」 やっと反応してくれたことが嬉しくて、元気よく「なんでも」と答えた。 そしたら工藤先輩は口元をふっとほころばせた。笑ったんだ。 笑顔とは手放しで言えない、なにか裏のあるような笑みだった。 「お、俺にできることなら」 そう言ったら、工藤先輩はちょいちょいと俺を手招きして、前にひざまづけと言った。 言われた通りにベッドに越しかけてる先輩の前に膝を折ると、突然カチャカチャとGパンの留め具をはずしだした。 「な、なに?」 意図がわからずに見上げた俺に、先輩は笑った。 「たまってたんだ。ちょうどいい。こんな山の中だ、わかんだろ?」 「へ?」 「舐めろよ」 頭の上から、低い声が響いた。 「な、舐めろって………これを?」 ずるりと引き出されたものを指差すと、先輩は「決まってんだろ」とうなずいた。 「なんでもするんだろ?できることは。こんなのなんでもないだろ?商売になるくらいだ」 商売になるって、それは一部の人が同意の上で! 男のなんて、俺は舐めた経験がない。 そもそも、自分自体そんな経験したこともない。 「工藤先輩………」 「やれよ。俺の言うこと、わからないのか?」 怒鳴るでもなく静かに言う。 先輩は怖かったけど、嫌ではなかった。 唐突な展開に、俺も麻痺しちゃったんだろうか。 こんなこと、普通に考えたら絶対へんなのに。 そっと掴んでみると、ピクっと反応する。 やわらかかったものが、数秒で硬く立ちあがった。 何度か指でしごいてみたけど、嫌悪感が増さなかったから口内に入れてみた。 友達に貸してもらったビデオでは、何度か見たことがある。 もっともあれは男女のビデオだったけど、やってることは同じだ。 「んっ………ふっ………」 どうしていいのかわからなかったけど、とりあえず唇で挟んで上下してみる。 それがよかったのか、口の中のものは更に大きく硬くなった。 舌とか使った方がいいのかな。でもどうやって? 中で動かすだけでいいのかな。 「いいぜ、すごく」 上から降ってきた言葉が嬉しく感じた。 ここに来てはじめて、工藤先輩に認められた気がする。 考えたら、なんでもするって言ったけど俺ができることなんてたいしてなかった。 これで工藤先輩が俺を許してくれて、ここでの生活が円滑に行くならやった価値がある? ああ俺、工藤先輩に嫌われたくないって思ってるんだといまさら自覚した。 こんなことできるのも、きっとそうだからに違いない。じゃないと、説明つかない。 「そろそろイクぜ」 ぐっと髪をつかまれ、逃げないようにされた。 口の中のものが一段と硬くなったなと思ったら、更に奥にグいとおし込められる。 「んっ………!」 えづく瞬間、咽の奥に熱い液体が吐き出された。 一瞬で鼻までつきぬける生臭いような青臭いような匂いに、ホントに吐き気がした。 「ふがっ!?」 口の中の気持ち悪いものを吐き出そうとしたら、鼻をつままれて口を手のひらで塞がれた。 「んーーー!んーーーーーーっ!!」 息もできない苦しさに、俺は飲みこむしかなかったんだ。その気持ち悪い液体を! 「うへーー」 咽の奥の嫌な感触に、俺は顔を顰めた。 「飲むくらい、なんでもないだろ? それ以上のことは、今日は勘弁するけど毎回そんなじたばたされるのは面倒だ」 「は?」 それ以上? これっきりじゃないのかっ!? 俺があんまりなことに驚いていると、工藤先輩はぐいっと俺をベットへ引き上げ倒し、そのいい体格で上にのしかかってきた。 「せんぱ………んっ………」 いきなりのくちづけ。 逃れようと身をよじったが、顎をつかまれて口を開かされ、先輩の下が口内に入りこんできた。 歯列をわって、執拗に追いかけて絡んでくる舌に、めまいがした。 俺のファーストキスが、こんなわけもわからないうちに………泣きたくなってきた。 「俺の味がする」 たっぷり唾液も精も根も吸い取られて開放されたあと、先輩はそう言ってにやりと笑った。 当たり前だろう! 飲まされたばっかりなんだから! 「お前、フェラもキスもはじめてだろう」 なぜか嬉しそうに言う先輩は、機嫌が直っているようだった。 あのイライラはたまってただけなのか? だとしたら、すごいいい迷惑だ。 「その顔は図星だな」 鼻歌でも歌い出しかねない勢いだ。ムカツク。 「そうむくれるなよ。かわいいやつだな」 かわいい? 男にそんなことこんな態勢で言われても、ちっとも嬉しくない。 「用が済んだら、さっさとどいてください」 でも俺のひとことに、とたんに眉間のしわが深くなった。 なんでこの人は、こんなにコロコロ機嫌がかわんだよ! 「ま、とりあえず今日からよろしく頼むな」 やっと俺を開放してくれた先輩は、俺の上からどきながらそう言って身なりを整える。 「よ、よろしくって?」 なんとなくわかっていたけど、確認してみた。 「これでたまらずにすみそうだな。やっぱり、自分でよりも誰かだな。俺の好みも、おいおい覚えてゆけよ」 予想していたい上の言葉に、俺は気が遠くなっていた。 |
本当にお馬鹿なんが書きたかったときなんだなーと、いまhtml化して思う。 2001.01.26 |