王子さまはかわいそう

 

そのいち

「え?」

 言われたことがわからなくて、聞き返した。

「こういうことは前代未聞なんだけどね。花島理事長たっての希望で、転校させることに決まったから」

「転校ってどこへ?」

 まさかそんなこと言われるなんて思わなかったから、かなり間抜けな声になる。

 花島理事っては、俺のじーさんだ。

 その理事の権限を使えるだけ使って、俺はどこへ飛ばされるんだ?

「渉くんがいけないんですよ。私も渉くんがこの学校からいなくなってしまうのは寂しいですけど、理事には逆らえませんから」

「校長先生………」

 すごく残念そうに言ってくれた校長先生に、涙腺が緩みかけた。

「じーさんも冗談通じないからな。で、俺はどこに転校? 近く? 東京にはいれるんだよね?」

 渋谷の自宅から、一時間以内の通学が望ましい。

「理事の銅像をハチ公にまたがらせたのは、ちょっと冗談にしてはやりすぎでしたよ」

 校長は苦笑いを浮かべて、引出しの中から青い封筒をひとつ取り出した。

 それを机の上にすっと滑らせて、俺の前に差し出した。

「『星野学園』?」

 封筒の表に書かれた文字を口に出して読んで、これが今度転校する高校だとわかる。

 高校名の下には、小さな文字で住所が書かれていた。

「C県………って通うにはけっこう大変そう」

 隣の県だけど、知らない地名だった。  もともと、有名な遊園地しか行った記憶がない土地だ。

「通うのは無理です。電車の通っていない場所に建ってますし、通いは許されてませんよ」

 なぜだか校長先生は、すごく残念そうにそう言った。

「全寮制の男子校です。渉くん、山は冷えますから風邪には気をつけてくださいね」

 山? 山って、あの木が生い茂って森のもっとでかい、夜になれば真っ暗なとこだよな!?

 幼稚園の遠足で道に迷って恐い思いして以来、、山なんて絶対踏み入れない場所なのに!

 じーさん、すごい嫌がらせしてくれたなー。

 だけど昔からじーさんの言うことは絶対で、決まってしまったという転校は覆せないことを俺は知っていた。

「やっぱり、学祭のときの手品も効いてるんでしょうねぇ。あれはやりすぎでした」

 しみじみと言われてしまって、流石の俺も学祭の悪乗りをヤバかったかなと反省した。いまはじめて

 もともとあれはバツとしてやらされた余興だ。

 なんでそうなったのかも覚えていないけど、PTAや他校の招待客の前で俺は、かぼちゃパンツの王子さまのかっこで手品をはじめた。

 大事な来賓もいるから、ふざけたことは決してするなと言われていたけど、用意されていた紺のスラックスと白い開襟シャツというなんでもないかっこは、直前になるまで待ってゴミ箱に捨ててしまった。

 幕が開いたとたん入れ歯を落としそうな勢いで驚いてるじーさんに機嫌をよくして、ノリノリで手品を披露した。

 簡単な手品ばっかりだったけど、ウケだってよかった。

 最後に、やったあれがまずかったかな。

 教頭のヅラをつかってやった手品。あれは教頭もカンカンになって怒ってたもんな。

 そう言えばあのとき、「今度何かしたら、ワシも強行手段に出る」って釘刺されたんだっけな。

 いま思い出したけど。

 あれからまだ二週間たってなかったし、校長先生の言う通りなのかもしれない

 牛乳はや飲みの賭けに負けたバツだったけど、ちょっと痛いバツだったな。

 あとあとこんなことになるなら、やめておけばよかった。

 後の祭だけど。

「元気で。たまには遊びにきてくださいね」

「うん。ま、向こうでも楽しくやるよ」

 ポジティブシンキング。

 じーさんだって身内だ。監獄みたいなとこじゃないだろう。

 俺はそのとき、のん気にこれからの新生活を思っていた。

 

 

 

 

 

「ここ?」

 駅からタクシーで四十分。

 ポイと下ろされたのは、山に伸びる細い小道の前だった。

 風光明媚なんて言葉がよすぎる。ただのド田舎だ。ここは。

 コンビニなんてありもしない。商店らしきものだって見かけなかった。人だって、農家らしきおっちゃんが鍬片手に歩いていたのを一人だけ見ただけだ。

「こっからは、車入れないから自力で行って。大丈夫。一本道だから」

 タクシーの人はそう言ったけど、鬱蒼とした森を見上げて不安になってしまう。

 だけど本当に車は入りそうもない道だから、俺は礼を言ってタクシーを降りた。

「荷物が軽いのが救いだな」

 宅配便で、着替えなんかは送ってしまった。

 家具とかは備え付けがあるし、特に必要なものなんてなかった。

「えーと………」

 入り口には、木で作られた小さな道標があった。

『星野学園』

 矢印は、森の奥を指していた。

 

 

 

 

「遅かったね。迷った?」

 ぜえぜえと、慣れない山道を必死で登って

 思ったよりも近代的できれいな寮と校舎にホッとしていたら、玄関で二人、俺を待っていた。

 二人とも長身で、一人は優しい笑顔で迎えてくれたけど、一人はムッとした表情を隠していない。

「あ、コレは気にしなくていいから。ちょっと機嫌が悪くてね」

 にっこりと笑ってくれた人は、寮長兼、生徒会の東堂要(とうどう よう)だと名乗った。

 隣に立ってる仏頂面は気になったけど、この寮長という人は優しそう。

「で、田中くんて? 俺と同室だって聞いたけど」

 ひょっとして、このえらそうな仏頂面が田中くん? 

 なんとなく嫌な予感……………。  

 確か同じ一年生だと聞いていたけど、このひとはとても同じ歳には見えない。

 二人とも系統は違うけど整った顔立ちで、歳上に見える。

「あぁ、変更になったんだ。急で悪いけど、この工藤力人(くどう りきと)と同室になってもらうから」

「えっ!?」

 当たってしまった嫌な予感に、思いっきり引きつった。

 ヤバ。俺の引きつり見て、益々工藤って人の眉間のしわが深くなった。

「よ、よろしくお願いします。工藤先輩」

 俺はなるたけ作ったのがばれないような笑顔で、ペコンと頭を下げた。

 なんかよくわからないけど、この工藤って人を怒らせちゃいけないような気がする。

「部屋はこっちだ」

 俺が一生懸命笑ったのに、笑い返すどころかパッと視線まで反らされて、自分だけとっとと歩き出す。

「悪いね、愛想なくて。ま、ちょっと性格に問題あるかもしれないけど、根はいいやつのはずだからこれからがんばってね」

 ポンと東堂先輩に肩を叩かれ、励まされてしまった。

 いいやつの「はず」って………違ったらどうすんだよ。というか、もう違うような予感してるし。

 ちょっと性格に問題がある? ちょっと? アレがちょっとか?  初対面の相手への態度か? あれが。どういう教育受けてんだよ。

 俺の笑顔、「かわいい」って定評あんだぞ。

 たいていのことは、にこって笑えば許されちゃってたのに、アイツには通用しないのか?

 うまくやっていけるのかよ、こんなんで。

 初日からこうじゃ、先が思いやられるよ。

 


 

そのに