めるめるぷでぃんぐ

「晴ー。紅茶いれろよ。俺、ミルクたっぷりのやつな」

 太ちゃんは居間に入ってくるなりソファーにどかっと腰を下ろして、もうテレビに見入ってる。

 太ちゃんは絶対亭主関白だろうな。  自分はその場から一歩も動かないで、奥さんにアレコレ持ってこさせるタイプ。

「太ちゃん、なんか食べる? 昨日色々もらってきたみたいだよ」

 親がもらってきた差し入れが、いつも家の冷蔵庫に入っている。

 僕は一人ではこの家でものを食べないし、もらった当人も食べないから無駄な物質。でも太ちゃんは大好物だから、助かってる。

 太ちゃんも実は、口に出さないけど「藤原しな」への貢ぎ物を期待してる。

 うちにくれば美味しいものが食べられるっ思うから、僕は嫌でもこうしてここにいてくれるんだ。

 悪いけど、僕はいつもそれを利用する。

 太ちゃんといられるなら、「藤原しな」にだって感謝するさ。

「冷蔵庫開けるぞー」

「どうぞ」

 口にしたときにはもう開けてるけど、いつもちゃんと断って開けるのはおばさんのしつけかな。

 太ちゃんは乱暴なようでいて実は行儀がよくて、ケーキなんかも必ずフォークを使う。

 シーツは角までちゃんとくるむし、靴も散らからないように気をつけて脱ぐ。

 おばさんも厳しいけど、あそこはお兄さんたちも太ちゃんに昔から厳しかったから、身に付いてるんだろうな。

 優しくて正義感も強くて、信頼も厚い。ホントにどこに出しても恥ずかしくないいい男だ。

「おぉ、ユリアーチのまっしろプリンだ! 俺これ、これがいい。お前なんにする?」

 どこのどんなものだか知らないけど、太ちゃんが嬉しそうに僕に硝子の器に入った物体を見せる。

 あぁ、かわいい顔だなー。女の子みたいにデザートに詳しくて、甘いものに目がない。

 だけど太ちゃんは自分では甘いものを買わない。恥ずかしいのか、かっこつけてるのか、聞いてみたいけど怒りそうだから聞いてない。

「晴彦っ!」

 いけない、太ちゃんがつ愛くてついみとれてた。

「僕はいいよ。太ちゃんぜんぶ食べていいよ」

 太ちゃんが手に持ってるものを見たら、なんかプリンが二層に分かれてて上の層は生クリームみたいだった。

 甘いものが苦手な上に、生クリームは輪をかけてダメだ。でも太ちゃんは聞いてないフリで、テーブルの上に僕の分を用意してソファーに座った。

「紅茶早く持ってこいよ」 意地悪モードのスイッチが入ったらしい。

 苦手とわかってて、にやっと笑って僕を手招くんだ。

 それもいつもなら自分の問い面に席を用意するのに、わざわざ隣に座るのを示唆するように自分のすぐ横にプリンを置く。

 こんな時の太ちゃんはすごく嬉しそうで、生き生きしてる。

「太ちゃん、僕は――――――――――――」

「ほら、口開けろよ。あーん………」

 いらないからと言おうとした口を、強引に黙らされた。

 たぶん太ちゃんはぜんぜんそんな自覚なんてないだろうけど、このシチュエーションは甘い恋人同士がすることだ。

 こんなことされたら、僕はただ口を開けて待つひな鳥の心境になってしまうじゃないか。

 きっとそれが毒だったとしても、僕は口を開けるね。

「あーーん」

 幸せに、胸がほぅっと暖かくなる感じがした。

 こんな甘い時間が過ごせるなんて、下心はあったけど予想していなかった。

「甘えんな、ばーか」

 どきどきと高まった鼓動を裏切り、太ちゃんは伸ばした手をさっと引っ込めてぱくっと自分で食べてしまった。

「太ちゃん!?」

 ハメられた………。期待した僕がバカだった。太ちゃんがそんなことするはずないって、ちゃんと考えたらわかるのに舞い上がってしまって見えなくなってた。

「自分で食え。すげー旨いぜ。こないだもテレビでやっててさー、一時間しないで完売しちゃう限定品とかでなかなか買えないらしいぜ」

 恨めしく睨んだところで、太ちゃんは僕よりもプリンに夢中だ。  さっきまでの浮かれた気分が一転、美味しそうにプリンを食べる太ちゃんが憎らしい。

「ひどいよ太ちゃん、せっかく太ちゃんが食べさせてくれるならって、覚悟したのに」

「覚悟? 覚悟してもらわなくて結構だよ。嫌いなんだろ? 無理しなくていいぜ。俺がぜんぶ食べる」

 自分の分を平らげた太ちゃんは、僕の前に置いたプリンも手に取った。

 怨み節も太ちゃんには通用しない。通用していたら、もうとっくに僕は太ちゃんを手の内におさめてる。

 でも、なにか言わないとちっとも気持ちが収まらない。

「だって太ちゃん、自分がそうしたら僕だって食べるかもってわかっててやったじゃないか。いつもそんな意地悪して楽しんでさ。昔からそうじゃないか。太ちゃん僕がバカみたいに口を開けて待ってるの見て笑いたかっただけでしょう? 僕がどんな気持ちで………」

「わかったよ!」

 言いつのっていたら、太ちゃんは心底嫌そうに顔を顰めて言葉を遮った。

「ったく、ぐちぐちと女かよ。ほら、食えっ」

 さっきと違ってすごく嫌々なのは見てわかるけど、太ちゃんはプリンをすくって僕に差し出した。

「口開けろよ。しらねーぞ? 旨いけど甘いかんな」

「いいよ。食べたい」

 だから、毒にだって僕は口を開けるっていうのに。

「なーんて、二度も引っかかるか、ばか。うわっ」

 にやっと太ちゃんが笑った瞬間、僕もキレた。

 引っ込めそうになった手首を掴む。

「な、なんだよ、放せよ!」

 力業に出た僕に、太ちゃんが慌てる。

「食べるって言ってるじゃない

「放せっ!―――――――――――― あっ」

 抗うから、スプーンに乗っていたプリンが僕の手にこぼれ落ちた。

「ったく、もったいないだろー」

 自分が悪いってことは棚に上げて、太ちゃんが睨む。

「た、太ちゃん!」

 顔を手に近づけたかと思ったら、そのこぼれたプリンをちゅるっと吸い込んだ。

「なんだよ。下に落ちたわけじゃねーんだし、汚くないだろ? お前さっき手洗ってたし」

 違うよ太ちゃん、そうじゃなくて………どうしよう、いまので少し起っちゃった。

 だってさっきちらっと、手に感じた太ちゃんの舌の感触。そんなの刺激的すぎる。

「なんだ怒ったのか? 急に黙り込んで………おい」

 太ちゃんの声が、遠くに聞こえた。なんかわんわん頭の中でなにかが鳴っていて、目眩を覚える。

「おい、晴彦? えっ!? 晴っ!?」

 太ちゃんの持っていたプリンを奪って、それを太ちゃんにぶちまけた。

「な、なにすんだよっ!」

 そんなにかかっちゃいない。でも、太ちゃんはその不快感に思いっきり顔をゆがめた。

「汚して帰ったら、かーちゃんに怒鳴られるじゃねーか! あぁー、カーペットまで汚しちまって…」

「僕のシャツあげるよ」

 首元にしたたるカラメル。とろりとしたその動きに、目が奪われる。

「お前のシャツなんかでかくて着て帰れるか! おい聞いてんのかよ。だいたいなー、自分が食えないからってぶちまけることないだろ」

「食べられるって言ってるじゃない。食べるよ」

 それは宣言。いや、宣戦布告。

 もっとも食べたいのは、プリンじゃなくて太ちゃんだけどね。

 

 


冬に続きがでますように。(願い事かよ)

2005.11.19



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