Re ラブシック
そのに
ジリジリと、アスファルトが音を立てる。 高校受験と言ったって、持ち上がりなのだから大事ではないはずなのに、親は過保護にも俺にクーラーを買い与えた。 勉強なんてつまらない。 まだジグゾーパズルのほうが難易度は高いように思える。 答えのわかってるクイズ番組を見ているようで、問題集をこなしていても勉強をしている実感なんかない。 実が入らない原因が別にあるとわかっていても、だからといってどうしようもできない。 気を許せば容易に、意識の中に入り込んでくる。 毎日のように逢っているのに、それでも足りないと胸が軋む。 いつからこんなに好きだったんだろう。いつからこんなに、欲望を覚えるようになったんだろう。 無邪気に触れてきた指先に動揺して、振り払ってしまった夕べ。 驚いたような、傷ついたような顔に、泣きたい気持ちになった。 冗談と誤魔化してしまえばよかった。笑い飛ばせたらよかった。なのに、俺が取った態度はまったく逆の、拒絶。 「俺は受験なんだ。もう気安くここには来るな」 心にもないことを。 「こーちゃん………」 秀平の心細くなった声を無視して、背中を向けた。 「わかったら、とっとと帰れ」 それ以上秀平の顔をみていたら、抱きしめてしまいそうで。 背中越しにとぼとぼと部屋を出て行く音を、握り拳で聞いていた。 傷つけた。 あんなに慕ってくれているのを、自分の保身で突き放した。 それが秀平のためだと言い聞かせても、壁をぶち破りたいぐらいの荒くれた気持ちがある。 昨日の夜は、ジリジリした思いで一睡もできなかった。 眠ろうとはしたけど、目を閉じるとあの秀平の泣きそうな顔が浮かんできて、眠れない。 傷つけたと後悔も、申し訳ない思いもあるのに、身体だけはそんなことお構いなしなのか、起ってきて益々いやな思いになる。 自分の手で慰めて、妄想は秀平で、なにしてんだろう。 頭と下半身は別。よく言われてるけど、自分もそうだったなんて少しショックだ。 最悪なことに、ヌけばすっきりするというものでもない。逆に、自分の作り出した妄想に現実との境がつかなくなりそうで恐い。 「チッ!」 最近、舌打ちが癖になりつつあるなと気づいて、苦笑いが浮かんだ。 不機嫌な態度なんて、秀平の前で取ったことほとんどなかったのに。 他の誰より、自分のそんな姿は見せたくないと思ってた。 秀平といるときはいつも笑っていて、穏やかでいられるようにと望んでた。 このままじゃいけないことはわかっていても、だからどうするって答えはまだでない。 出るのか? 考えたところでそんな答え。 「ビールでも飲むか………」 最近、親のを失敬することが多くなった。 飲むと言ったって、たまに一本じゃ気づいても咎められない。 「しゅ………秀平!?」 台所に出たら、椅子に秀平が座っていた。 「なんだよ、帰れって言っただろ!」 あまりの驚きは、怒鳴り声に変わっていた。 一瞬ビクンと肩をこわばらせた秀平だが、キッと睨み返してくる。 「だって、こーちゃんこの頃おかしいんだ。ほっとけないよ!」 椅子から立ち上がると、掴みかかってくるのかと思うぐらいの勢いで俺の前まできた。 「おかしくなんかないよ。ふつーだろ?」 「ふつー? どこが!? ぜんぜんっ!? だって、こーちゃんそんな顔したことないじゃないかっ!」 俺、どんな顔してる? とっさに戸棚のガラス戸で確かめてしまった。 「あ……………」 ガラスに映りこんだ、思いつめた顔色の悪い顔が俺? 「こーちゃん、俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、いつもこーちゃんばっかり俺を助けてくれだろ? 俺が何かできるなら、今度は俺がこーちゃん助けたい」 「秀平………」 俺が助けることなんて、宿題とかゲームとか些細なことばかりだ。 確かに秀平しか今の俺は救えないかもしれないけど、それはとても「些細」とは言いがたい。 「こーちゃん、俺なにすればいい? 何か欲しいいの?」 「欲しいよ」 秀平しか与えられなくて、秀平しか持っていないもの。 「え? なに? こーちゃんなにが欲しいの?」 自分でも何かできるかもしれないと思った秀平の顔が、笑顔に変わる。 「お、俺、お年玉まだ使ってないんだ。それで買えるかな」 泣くかな。 俺のこと、嫌いになるだろうな。 でもそうしたら、俺もあきらめがつくかもしれないな。 いや、そうしなきゃきっとあきらめるなんてできない。 「秀平、おいで」 笑顔のままの秀平の腕を掴み、自分の部屋に戻った。 鍵をかけて……………。 |
そのさん
ここは真っ暗くらの森です。 2002.08.25 |