Re ラブシック
そのいち
「どうして秀平が泣くんだよ」 涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃの顔を袖で拭いてやる。 せっかくきれいにしても、すぐ元に戻るんだけど。 「だって、だって、こーちゃん血がいっぱい出て………」 えぐえぐとしゃくりながら、びっしょりと赤黒く濡れた腿を指す。 「平気だよ、これぐらい」 本当はズキズキとかなり痛むけど、これは自分のせいだし。 だけど秀平は、自分のほうが悪いんだと思っているたいで、「ごめんなさい」と「大丈夫?」と「痛い?」を何度も繰り返している。 秀平はちゃんと「危ない」と俺を止めた。 町外れの森の奥に朽ち果てたお化け屋敷があるんだと学校で聞いて、どうしても覗いてみたくなった俺に。 恐がりな秀平のことだからついて来ないかと思ったけど、泣きそうな顔しながらでもついてきた。 さすがに薄暗い森の更に暗い屋敷に入るには躊躇っていたけど、ひとりで待っているよりはいいと思ったのか、俺のシャツの裾を握り締めてまでついてきた。 中は荒れていたけれど、光がささないこともないしわりと明るかった。 どんな事情があったか知らないけれど、家具も食器もそのままだった。 噂では、家族が何者かに惨殺されたってなっていたけど、血の跡のようなそれっぽいシミは見当たらない。 腐りかけのふかふかの床を踏みしめて、奥へ奥へと進む俺にとうとう付いて来れなくなったのか、ふと秀平が足を止めた。 「どうした。おいてくぞ?」 ここまできたんだ。納得するまで帰りたくないと思っていた俺は、秀平がシャツを放したのをいいことにさっさと先へ進もうとした。 あせった秀平が「待って!」と必死に叫ぶから、俺は振り返って「だったら早くおいで」と手招きした。 が、最悪なことにそのとき何かに躓いて、俺は背面に倒れた。 倒れた場所がまた最悪で、気づいていなかったけど大きな穴が空いていた。 あっと思ったときにはもう激しい痛みを腿に感じていて、見る見るズボンは血で染まってしまった。 壊れた木の箱か箪笥かがあって、その上に倒れこんだものだから木が刺さった。 痛くて反射的に立ち上がって、刺さったものが抜けてしまったから血が噴出したんだろう。 しかし、痛みは我慢できるとしても歩けそうにはなかった。 もう暗くなり始めてる。明かりのない森の中を、秀平に助けを呼びに行かせることはできない。 「チッ!」 どんよりとしてると思ったけど、雨まで降ってきやがった。 「秀平、いい加減泣きやめ。大丈夫だから」 まるで自分に言い聞かせてるみたいだと思った。 秀平は寒くないかな。濡れたら、急に気温が低いと感じ始めた。それとも、俺の体温が下がってる? 「もっとこっちおいで」 まだ少ししゃくっている秀平を抱きしめた。 やっぱりだ。秀平の体温のほうが俺よりもずっと暖かい。 一緒の布団で寝るとき、暑いぐらいだもんな、秀平はいつも。 「こーちゃん、こーちゃん………」 あったかくなったら、今度は眠くなって────────────。 秀平の俺を呼ぶ声が、やけに遠い気がした。
「もう………っ………んっ………」 どこまでも甘い声。 この鼻にかかったような、鳴きすぎて少しかすれてしまった声はゾクゾクさせる。 「もう?」 内に埋めた指をくいと動かすと、ビクと身体が跳ねる。 敏感な反応に、ますます感じさせてやりたくなる。 「もうなに? ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ、秀平」 悔しそうに唇の端を噛む秀平に、わかってはいるけど聞く。 秀平は感じていることや、ましてやその快楽に思わずもれてしまう吐息が自分で嫌いみたいだけど、それがどんなに俺の欲望をかきたてることか。 もうその泣きそうなほどせつない瞳を向けられただけで、理性なんてなくなってしまう。 「やめっ………あっ………」 もっともっと気持ちよくなって欲しい。泣くほど。 泣いて「もうだめ」ってとこまで。 「い……っ…」 指を二本にしたとたん、秀平がイキそうになる。 俺はそれを察知すると、スッと秀平の中から指を引き抜いた。 かわいそうだけど、こんなんで達してしまったんではあっけなさ過ぎる。 「どうした? 秀平」 もじもじと、その熱さをもてあますように秀平の腰が揺れる。 潤んだ目に負けそうになったけど、グッとこらえた。 あの甘い声で「イカせて………」とか、「入れて………」と懇願されたい。 俺だってもう臨戦体制、すぐにでも熱い秀平の中に入りたいけど、あのせりふは男のロマンだ! まだ俺は秀平の口から、その言葉を聞いたことがない。 出て行こうと暴れているものを必死で抑えているのは、お前だけじゃないんだぞ。 「やめるか? こんなにして、ここで俺がやめたら自分でするのか? 俺、見ててもいい?」 ぱっと両手を挙げてみせて、秀平に笑いかける。 俺が触れてると文句言うくせに、手を放しても文句ありそうな顔をする。 まぁ、その顔が見たくてそうするんだけど。 「どうする? 秀平」 恥ずかしいのはわかるけど、たまには素直に誘ってくれでもいいだろ? いつも俺からじゃないとこんなことできないし、誘わなければこの家にだって来ようとしないし。 俺たち、恋人同士なんだろうか。本当に。 秀平の性格だと、嫌いな相手にこんなこと絶対許さないだろうから、俺は少しは好かれてるんだと思うけどさ。いつも不安だ。 俺がいつも口にする「愛してる」を、秀平も言ってくれたら………。 「秀平、どうしたい? 自分でする? それとも?」 カッと耳まで赤く染まる秀平が、可愛くてしょうがない。 さて、今日こそはあのせりふが聞けるだろうか。 「い………………入れるならとっととしねーと、もうテメェとなんて縁切って、二度と喋りもしないからなっ! いつもいつも間際で寸止めしてんじゃねえよ」 「しゅ、秀平!?」 怒鳴られるとは思っていなかった。 「勝手にしろ」と、ふてくされる予想はしていたけど。 開き直ったような据わった目で、今度は秀平がどうするんだと無言で聞いている。 こうなってしまったら、俺は下手に変わらざるをえなくなる。 秀平がキレてそうだと自分で決めたときは、そう実行する性格だってことは、長年付き合っていて痛いほど知っている。 続きがしたいなら、俺が謝るしかない。 「ご、ごめん」 俺は慌てて謝罪の言葉を口にした。 「どうすんだよ。するのかしねーのか、もう俺どっちでもいいや」 投げやりな言い方が、チクッと胸を刺す。 してもしなくても、どっちでもいい………なんて残酷な言葉だろう。 力なく笑うことしかできなかった。 俺はいつでも秀平にふれていたいと思っているのに、秀平にだから欲情するのに、自分は違うみたいな態度をとられる。 口では嫌だといいながら、俺にしがみついて俺の手の中で可愛くイクくせに。 「そんなに怒るなよ」 毛を逆なでてる猫を抱くみたいに、優しく秀平を抱きしめた。 「本当は、俺のほうがもう我慢できない。なぁ、入れていい? 入れさせて? 秀平のナカに入りたい」 耳が弱い秀平が、囁きだけでピクリとする。 「皓洋………」 いつからだろう、秀平が俺のことを「こーちゃん」と呼ばなくなったのは。 あんなに甘えたで、俺のあとをいつも追いかけてきていたのは。 その答えを俺は知っているのに、こんなときにいつも考えてしまう。 あの夏の日のこと────────────。 |
さんくす3000Hitとして書き下ろしました。 ラブシックの皓洋バージョンです。 2002.02.28 |