今夜は堕天使の歌声も聞こえない
そのいち
とても静かな夜だった。 祭壇に祭られた二つの遺影。まぎれもなく、両親のものだ。 二人そろって、事故であっけなく逝ってしまった。 近所でも仲がよくて評判だった夫婦。どこに行くにも一緒だった二人だが、なにも死ぬときまで一緒じゃなくてもよかっただろうに。 「お茶でも淹れる? 疲れただろ、海璃(かいり)」 線香をあげてぼんやりと遺影を見ている背中に、声をかけた。 普段から丈夫ではない人だ。めまぐるしい葬式の忙しさに、熱でも出なければいいが。 「こんなこと言うの、すごく不謹慎かもしれないけど」 海璃が、そんなことを言いながら俺を振り返る。 「海璃?」 「この人たちが死んでくれて、ホッとしてる。正直、嬉しいよ」 「海璃っ!?」 思わず、周りを見渡してしまった。 もうみんな帰ってしまっているけれど、こんなセリフ誰か他人に聞かれたら、海璃があやしまれてしまう。 「誰もいないよ」 そんな俺の様子をみて、海璃はくすっと笑った。 海璃が両親のことを好きじゃないのは、うすうす知っていた。 でも、いまみたいにあからさまに言葉にしたり、ましてや態度に出したりしなかったから、そんなの気のせいだと思うようにしていた。 「これからはふたりきりだね。僕は、ずっとこうなることを望んでた」 「なにを言いだすんだ、海璃………」 海璃の、俺と似ていない大きな瞳が、いつもと違って見えた。 喪服のせいだろうか。なにかが昨日と違っている。 「その理由を僕に言わせるの? 陸王(りくおう)」 答えはわかっていたはずなのに、俺はそれを言葉にできなかった。 胸の奥で、早く話題を変えろと激しい警鐘が鳴り響いている。 「愛してる。ずっと陸王だけを好き」 まっすぐに俺の目を見て、海璃は告げる。 鼓動が早まるのがわかった。 「海璃………俺たちは血の繋がった兄弟だ。しかも双子の………そんな感情は許されない」 「許されないって、誰がそんなこと決めるの? 血の繋がりがなに? 幸いか、僕は女じゃないから子供もできない。 兄弟だからって、それが障害にはならない。むしろ嬉しいよ? 僕と陸王、けして離れない絆があるって思うもの」 俺には、海璃の視線が恐かった。 心のうち、隠しておきたいことまで見透かされている。きっと。 「逃げるの? 陸王………僕を愛していない?」 子供の時と少しも変わらない微笑み。 その天使のような容姿に、ずっと憧れていた。 双子とは思えない、容姿も性格も自分とは少しも似ていない。 愛してる─────────── それは、俺も同じ想いだ。 でも………。 「俺は………俺は、海璃にそんな感情持ってないよ」 そう言うしかなかった。 血は、あまりにも近すぎた。
「陸王! おい、リクッ!!」 「え!?」 リーダーの怒鳴り声で、我に返った。 「そこはさっき、EからEmに変更しただろ! ツアーが近いんだ、ボケっとしてるな」 「……………すみません」 二週間後から始まる、全国ツアー。そのための、強化合宿。 バンドはじめてのドーム、球場ツアーとあって、リーダーの雅さんはいつになくイラついていた。 絶対八つ当たりされると思って、最後にこのバンドに入った立場の弱い俺は、気をつけていたのに。 「夜景が気になって集中できないから、カーテン閉めて」 ミスの言い訳を、俺は窓に視線を走らせながら口にした。 【ZE=BEA】 結成して六年。 デビューして一年目でブレイクして、そのあとは敵知らず。出すアルバムはすべてWミリオンを達成し、レコード会社のドル箱スターにのし上がった。 ライブチケットはプラチナと呼ばれ、立ち見であっても七万はくだらないという噂まである。 脱退したベーシストの後釜に運良く入れた俺は、首を言い渡されないように必死でやってきた。 なにかに集中していなければ、保てないような弱い心。 よく三年もったものだと、自分でも不思議に思う。 「雅、休憩入れようぜ」 「ふざけんな」 すでにドラムセットから離れて煙草に火をつけた義高さんに、雅さんは渋い顔をする。 「そうキリキリすんなよ。義高が陸王に甘いのは、いまに始まったことじゃないだろ? 俺も疲れたし、マジ、一息入れようぜ」 ポイと、ヴォーカルマイクをマネージャーに向かって放り投げ、恭耶さんは重いスタジオの防音扉を開け放った。 外に控えていたスタッフが、さっと道をあける。 「恭耶! どこ行くんだ!」 「俺、クリスチャンだから毎日のお祈りと懺悔が欠かせなくてね」 雅さんの言葉に振り向きもせず、恭耶さんはヒラヒラと手を振って出て行ってしまった。 俺の隣で、義高さんはくすくす笑ってる。 俺は、こんな空気を作ってしまって申し訳ないやら気まずいやらで、小さくなっていた。 気のきくマネージャーが雅さんの肩を叩き、何か囁きながらなだめて部屋の外へ連れ出してくれた。 まだ義高さんは笑ってる。 「はぁ………俺のせいだね」 咥え煙草の火を分けてもらって、俺も一息ついた。 「いいんだよ、どーせお前じゃなくても他の誰かの緊張の糸が切れる頃だったんだ」 「……………今夜は満月か」 閉めてと頼んだカーテンをめくり、窓を開ける。 冷たい風が頬を撫でて、気持ちがよかった。 「おいおい、アイツほんとに教会か?」 一緒になって窓の外を覗いた義高さんが、下に恭耶さんを見つけて驚く。 「この先に、でっかい教会があんだわ。まさか、な」 まさかといいながら、半信半疑のようだ。 そういえばいつも首にロザリオを下げている。タバコを吸っているのもみたことがない。 キリスト教は一部で戒律も厳しく、緩いところでも酒や煙草を禁止しているところも多いと聞いた。 まさか? 「まさか、だな。この先にはねーちゃん街もあるし、そっちだきっと」 笑う義高さんに、俺もつられた。 こんな都会の、星も見えない空に浮かんだ凍えた月。 明るすぎて、眼球の奥が痛くなる。 「どした?」 俺の顔を心配そうに覗き込んだ義高さんの顔に、誰かの顔が重なる。 俺が具合の悪いとき、いちばんに気づいてくれたひと。 「……………月が明るすぎる。満月の夜は嫌いだ、血が沸騰するから」 「え?」 「なんでもないです………」 義高さんにはわからない。 恭耶さんや、雅さんにだって。 海璃にしかわからない。俺の微熱なんて。 |
そのに
テレビに出たら、特番でも組めそうなほど部屋の片づけが苦手です。 2002.07.06 |